朝の光が窓から斜めに差し込む。まだ少し肌寒い四月の空気が、カーテンの隙間から流れ込んでくる。制服のリボンを結ぶ前に、わたしは鏡の前に座った。ドレッサーの上には、いくつかの小さな瓶やパレットが並んでいる。どれもそれほど高価なものではないけれど、このひとつひとつが、わたしにとっては大切な道具だ。
高校二年生になってから、メイクをするようになった。最初はただの興味本位だった。友達が使っているリップを見て、「かわいいな」と思ったのがきっかけだった。けれど、実際に自分でやってみると、それは思っていた以上に難しくて、同時に面白かった。眉毛の角度ひとつで印象が変わる。チークの位置で顔の雰囲気が左右される。そういう小さな違いが、自分という存在を少しずつ形作っていく感覚が、なんだか不思議だった。
わたしが目指しているのは、ナチュラルメイクだ。派手にするつもりはない。ただ、少しだけ自分を整えたい。疲れた顔を少しだけ明るく見せたい。そのために、毎朝鏡と向き合う時間が必要だった。下地を薄く伸ばして、ファンデーションを軽く乗せる。コンシーラーで目の下のクマを隠して、眉を描く。アイシャドウはベージュ系の落ち着いた色を選ぶ。マスカラは一度だけ。そしてリップは、ほんのりピンク色のもの。全部で十五分もかからない。でも、この十五分が、わたしにとっては大事な時間だ。
メイクは力だと思う。それは誰かに見せるためだけのものではない。自分自身と向き合うための、静かな儀式のようなものだ。鏡に映る自分の顔を見つめながら、「今日も頑張ろう」と思える。昨日の失敗も、明日の不安も、少しだけ遠ざかる気がする。そうやって、わたしは毎朝、少しずつ自分を作り直している。
ある日、母がわたしの部屋に入ってきて、「メイクするようになったんだね」と言った。その声には驚きも、否定もなかった。ただ少しだけ、懐かしそうな響きがあった。母もきっと、昔は同じように鏡の前で時間を過ごしていたのだろう。そう思うと、なんだか不思議な気持ちになった。母とわたしは違う人間だけれど、同じ時間を共有している。それは、言葉にならない繋がりのようなものだった。
わたしが使っているコスメブランドのひとつに、「ルナフィール」というものがある。これは実在するかどうかわからないけれど、友人がSNSで見つけて教えてくれたものだ。パッケージが可愛くて、値段も手頃で、何よりも肌に優しい。わたしはそのブランドのクッションファンデーションを愛用している。軽い付け心地で、長時間つけていても疲れない。朝つけたメイクが、夕方まで崩れずに残っている。それだけで、一日を乗り切る自信が少し増える。
メイクをしていると、ときどき失敗する。眉毛を描きすぎて、左右が非対称になってしまったり、アイラインが曲がってしまったり。そんなときは、綿棒で修正する。それでも直らないときは、もう一度全部落として、やり直す。そういう作業が、意外と嫌いじゃない。むしろ、自分と向き合う時間が増える気がして、少しだけ楽しい。
先日、朝の支度を急いでいたときのことだ。リップを塗ろうとして、うっかり手元が狂って、唇の端を大きくはみ出してしまった。鏡を見たら、まるでピエロのような顔になっていて、思わず笑ってしまった。急いでティッシュで拭き取ったけれど、その瞬間の自分の顔は、今でも忘れられない。完璧を目指しているつもりでも、こういう小さなズレが起きる。それもまた、人間らしくていいのかもしれない。
学校に着くと、友達が「今日、なんか明るい表情してるね」と言ってくれた。特別なことをしたわけではない。いつもと同じメイクをして、いつもと同じ制服を着て、いつもと同じ電車に乗っただけだ。でも、その言葉がとても嬉しかった。メイクが、わたしの内側にある何かを引き出してくれたのかもしれない。それとも、鏡の前で過ごした静かな時間が、わたしの心を少しだけ整えてくれたのかもしれない。
メイクをすることで、わたしは少しだけ強くなれる気がする。それは見た目の問題だけではない。自分を大切にする気持ちが、少しずつ育っていく。毎朝、鏡の前で自分と向き合うこと。それは、自分を認めて、受け入れて、そして少しだけ変えていく作業だ。完璧である必要はない。ただ、自分らしくいられればいい。
コスメは、わたしにとって小さな魔法だ。それは誰かを変えるためのものではなく、自分を変えるためのもの。そして、その変化は、目に見えるものだけではない。心の中にも、静かに広がっていく。今日も、わたしは鏡の前に座る。そして、少しずつ、自分を作り直していく。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之


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