洗面所の鏡の前に立つと、なんだか今日はいけそうな気がした。
高校二年の春、私がメイクポーチを初めて買ったのは駅前のドラッグストアだった。別に誰かに憧れたわけでもなく、ただなんとなく「そろそろかな」って思っただけ。母親は「学校は校則厳しいでしょ」って言ったけど、私が欲しかったのは派手なアイシャドウでもリップでもなくて、透明のリップクリームとか、ほんのり色づくチークとか、そういう「バレないけど変わる」やつだった。ナチュラルメイクっていうのかな。友達のユイが「それメイクって言わないよ」って笑ったけど、私にとってはそれで十分だったんだよね。
メイクって、正直めんどくさい。朝の五分は貴重だし、眠い目をこすりながらブラシを持つのは修行みたいなものだ。でも不思議なことに、ファンデーションを薄く伸ばして、眉毛を整えて、ちょっとだけマスカラを塗ると、鏡の中の自分がシャキッとする。別に顔が劇的に変わるわけじゃない。クラスの男子が振り向くわけでもない。それでも、なんていうか、自分が自分をちゃんと扱ってる感じがするんだよね。
そういえば去年の夏、海に行ったときに日焼け止めを塗り忘れて真っ赤になったことがある。あれは本当に最悪だった。皮がめくれて、ファンデーションどころじゃなくて、一週間くらいすっぴんで学校に行くはめになった。あの時、初めて気づいたんだ。メイクって「盛る」ためじゃなくて、自分を守るためのものでもあるんだなって。
友達のアヤカは毎朝完璧にメイクしてくる。アイラインもリップも、雑誌から抜け出したみたいにキマってる。私はそこまでできないし、したいとも思わない。でも彼女が「今日のメイク気に入ってる」って嬉しそうに言うのを見ると、ああ、これって武器なんだなって思う。戦うための道具じゃなくて、自分を保つための、静かな力。
教室に入る前、廊下のガラスに映る自分をチラッと見る癖がついた。別に自惚れてるわけじゃなくて、確認してるんだ。今日の自分はちゃんといるか、ちゃんと整ってるかって。コスメポーチの中には、ピンクのチークと、ベージュのアイシャドウと、透明に近いグロスが入ってる。全部で三千円もしないやつばっかり。高級ブランドの「ルミエール・ドゥ・ソワ」みたいなキラキラした名前のコスメには手が出ないけど、それでいい。
メイクをすると、表情が明るくなる。これは本当だと思う。口角を上げやすくなるし、自然と姿勢も良くなる。別に科学的根拠があるわけじゃないけど、少なくとも私はそうだ。すっぴんの日は、なんとなく下を向いて歩いてしまう。でもちょっとでも色を足した日は、前を向ける。
ある朝、急いでいて片方の眉毛だけ濃くなってしまったことがある。電車の中で気づいて、トイレに駆け込んで必死に直した。あの時の焦りといったら。でもそれすらも、今となっては笑える思い出だ。
メイクは力だと思う。誰かを倒す力じゃなくて、自分を支える力。朝、鏡の前で筆を持つ時間は、私にとっての準備運動みたいなものだ。今日一日を乗り切るための、小さな儀式。ナチュラルメイクだろうがしっかりメイクだろうが、それは人それぞれでいい。大事なのは、自分がどう感じるかだから。
女子高生の私にとって、コスメは大人への入り口でもあった。母親の化粧台を覗いていた小学生の頃とは違う。自分で選んで、自分で買って、自分の顔に塗る。それだけで、ちょっとだけ大人になった気がする。
別に毎日完璧にする必要なんてない。眠い日はサボったっていい。でも、ポーチの中にコスメがあるっていう事実だけで、なんだか安心するんだよね。お守りみたいなもの。
今日も鏡の前に立つ。チークをひとはけ。それだけで、また一日が始まる気がする。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之

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