朝6時のコスメと、わたしが手に入れたもの

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高校二年の冬から、わたしは毎朝30分早く起きるようになった。

きっかけは些細なことで、クラスの男子が廊下で「あいつ最近なんか変わったよな」って話してるのを偶然聞いてしまって。誰のこと言ってるんだろうって耳をすませたら、わたしの親友の名前が出てきた。彼女、その頃からナチュラルメイクを始めてたんだよね。別に派手じゃない。ファンデーションも塗ってるかどうか分からないくらい。でも確かに、教室に入ってきたときの空気が少し違ってた。

それまでわたしは化粧なんて興味なかったし、母親が使ってるデパートの高いやつも「大人のもの」だと思ってた。でもドラッグストアで千円くらいのリップを買ってみたら、世界が少しだけ動き出した気がしたんだ。大げさかもしれないけど、鏡の中の自分が初めて「他人に見られている誰か」になった感じ。

洗面所の蛍光灯の下で、ベースメイクを薄く伸ばす。窓の外はまだ暗くて、冬の冷たい空気が隙間から入ってくる。指先が冷えてると、ファンデーションがうまく馴染まないんだよね。だから最近は手を温めてから塗るようにしてる。

眉毛を描くのが一番難しい。最初の頃は左右で太さが違って、友達に「今日どうしたの?」って心配されたこともあった。今思い出しても恥ずかしい…だけど。

そういえば去年の夏、従兄弟の結婚式があって、親戚のおばさんに「女の子は綺麗にしてなきゃね」って言われたことがある。そのときはなんとなくムッとしたんだけど、今ならあの言葉の意味が少し分かる気がする。綺麗にするって、誰かのためじゃなくて、自分が自分を好きになるための作業なんだと思う。

ナチュラルメイクの良いところは、「化粧してます」って顔にならないこと。アイシャドウはベージュ系を薄く、マスカラは一度塗り。チークは笑ったときに一番高くなる部分に、ほんのり。鏡を見ながら微笑んでみると、確かに顔が明るく見える。不思議なもので、表情まで変わる気がするんだよね。口角が自然に上がるというか。

学校についてロッカーで靴を履き替えるとき、ガラスに映った自分をちらっと見る。別に美人になったわけじゃない。でも「今日のわたし、悪くないな」って思える。その感覚が、一日を少しだけ楽に運んでくれる。

友達が使ってるコスメブランドの「フルリア」っていうやつ、気になってるんだけどまだ買えてない。次のバイト代が入ったら試してみようかな。彼女曰く、崩れにくいらしい。体育の後でも大丈夫だって。

メイクは力だと思う。それは誰かを魅了する力じゃなくて、自分で自分の機嫌をとる力。朝、鏡の前で筆を持つ時間は、今日一日をどんな顔で過ごすか選ぶ時間なんだ。ノーメイクの日があってもいい。でも「選べる」っていう自由を知ってしまったら、もう戻れない。

教室で隣の席の子が「そのリップ何色?」って聞いてくる。「コーラルピンク」って答えると、「いいね、似合ってる」って言われた。嬉しくて、でも照れくさくて、適当に笑ってごまかす。

放課後、部活の後輩が「先輩って最近綺麗になりましたよね」って言ってきて、思わず吹き出しそうになった。綺麗、か。そんな大それたものじゃないんだけどな。ただ、自分がちょっとだけ好きになっただけ。

家に帰ってメイクを落とすとき、ちょっとだけ寂しくなる。でもまた明日、あの30分がやってくる。コスメポーチの中身は少しずつ増えていって、わたしの朝はこれからも少しずつ変わっていくんだろう。

それでいいと思ってる。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之

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