鏡の前に座り、メイクポーチを開く私の手が少し震えている。今夜は、会社の創立20周年記念パーティー。普段はオフィスカジュアルで過ごす日々だが、今夜ばかりは特別な装いが許される。いつもより早めに帰宅し、シャワーを浴び、お気に入りのドレスを広げた。
化粧台の上には、この日のために新調したコスメたちが並んでいる。ベースメイクから始めよう。まずは化粧下地を手に取る。みずみずしいテクスチャーが肌に溶け込んでいく感触に、少しずつ高まる期待感。ファンデーションを丁寧に伸ばしながら、会場の様子を想像する。普段は別フロアで働いている社員たちと交流できる数少ない機会。もしかしたら、噂の新入社員とも話せるかもしれない。
コンシーラーで気になる部分をカバーしながら、先週聞いた話を思い出す。営業部の後輩が、企画部の新人が素敵だと話していた。確か、大学時代はダンスサークルに所属していたとか。私も学生時代はジャズダンスに熱中していた。そんな共通点があるなんて。会話のきっかけになるかもしれない。
チークを頬に乗せる。優しいローズピンクが肌に溶け込んでいく。普段よりも少し多めに、でも派手になりすぎない程度に。目元は今夜の主役にしたい。新しく買ったアイシャドウパレットを開く。ゴールドのラメが上品に輝くブラウンを、二重幅にそっとのせる。
アイラインを引きながら、昨夜眠れなかった理由を思い返す。パーティーでの出会いに、どこか期待している自分がいる。社内恋愛なんて考えたこともなかったのに。でも、この歳になって、仕事以外での出会いが減っているのも事実。
マスカラで睫毛を上向きにカールさせる。目を大きく見開いて、まつげの状態を確認する。今夜は、いつもより少しだけ大胆に。でも、あくまでも品位は保ちたい。そう、このバランスが大切。
リップは迷った末に、新調したモーヴピンク。派手すぎず、でも存在感のある色。グロスを重ねれば、パーティーシーンにもぴったり。唇を軽く押さえて、色をなじませる。
髪型も今日は特別。美容院で教わった通りにヘアアイロンを使い、柔らかなウェーブを作る。スタイリング剤の甘い香りが漂う。仕上げにヘアミストをさっと振りかける。キラキラと光を反射する髪に、少し自信が持てた気がする。
時計を見ると、準備開始から1時間が経っていた。立ち上がって全身鏡の前に立つ。ネイビーのドレスは、先月じっくり選んで購入したもの。控えめなスパンコールが光を受けて、さりげなく輝く。首元のネックレスも、今夜のために選んだお気に入り。
玄関に向かう前に、香水を手首と首元にそっとつける。甘すぎない、フローラルの香り。バッグの中身を最終確認する。リップとパウダーは必須。小さなポーチに収まったお直しアイテムが、これから始まる夜のお守りのよう。
タクシーに乗り込みながら、急に緊張が押し寄せる。でも、それは不安というより、期待に近い感情。車窓に映る自分の姿を確認する。普段の自分とは少し違う、特別な夜のための装い。
会場に到着すると、すでに何人かの同僚が集まっていた。普段スーツ姿の彼らも、今夜は華やかな装いに身を包んでいる。ロビーで待つ間、さりげなく鏡に映る自分を確認。メイクは崩れていない。髪型も完璧。
大きな会場に足を踏み入れる。シャンデリアの光が、ドレスやアクセサリーに反射して、まるで星空のよう。グラスを傾ける社員たち、料理を楽しむグループ、談笑する先輩たち。そして、会場の向こう側に、噂の新入社員の姿を見つける。
心臓が少し早く鼓動を打つ。でも、それは心地よい緊張感。メイクをする時間は、単なる化粧直しではなく、自分を奮い立たせる儀式のような時間だった。今夜の私は、普段の自分よりも少しだけ勇気がある。
「素敵なドレスですね」
振り向くと、そこには企画部の新入社員が立っていた。優しい笑顔で話しかけてくれる彼に、自然と微笑みが返せる。完璧なメイクが、自信となって背中を押してくれる。
「ありがとうございます。実は、このパーティーのために選んだんです」
会話が自然と弾む。ダンスの話題で盛り上がり、学生時代の思い出話に花が咲く。時々、さりげなく口紅を直しながら、会話を楽しむ。特別な夜は、こうして始まった。
パーティーが終わりに近づく頃、手帳に書き込まれた新しい予定。来週末、彼とダンス教室に行くことになった。鏡の前で過ごした準備の時間が、思いがけない出会いと新しい物語の始まりをもたらしてくれた。
タクシーの中で、今夜の思い出を振り返る。メイクを落とすのが少し惜しい気持ちになる。でも、これは終わりではなく、新しい始まり。明日からまた普段の自分に戻るけれど、今夜の特別な気持ちは、きっと心の中に残り続けるだろう。
家に着いて、丁寧にメイクを落としながら、今夜の出来事を思い返す。ドレッサーの上に並ぶコスメたちは、単なる化粧品ではない。それは、私に勇気を与えてくれる魔法の道具。そして、その魔法は、思いがけない素敵な出会いをもたらしてくれた。
明日からはまた、普段のメイクに戻る。でも、今夜の特別なメイクアップの記憶は、きっと私の中で輝き続けるはず。次は、どんな魔法をかけようかな。そんなことを考えながら、心地よい疲れと共に、ベッドに身を委ねた。
窓の外では、夜空に星が瞬いている。今夜の輝きは、明日への期待へと変わっていく。メイクアップという小さな儀式が、思いがけない幸せを運んでくれた特別な夜。化粧台の上のコスメたちが、静かに微笑んでいるような気がした。
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