鏡の前に座ると、いつもとは違う自分に出会える予感がする。今夜はただの金曜日ではない。友人が企画してくれたパーティーへの招待状が、テーブルの上で静かに輝いている。久しぶりの社交の場。新しい出会いが待っているかもしれない、そんな期待が胸の奥でそっと膨らんでいく。
化粧ポーチを開けると、色とりどりのコスメたちが私を迎えてくれる。どれも長年の相棒だ。ベースメイクから始めよう。まずは化粧下地を手に取り、指先で顔全体に優しく伸ばしていく。肌に触れるひんやりとした感触が、これから始まる変身の儀式の合図だ。ファンデーションのスポンジを湿らせて、丁寧に顔の中心から外側へ向かって叩き込んでいく。鏡の中の私が少しずつ、まるで霧が晴れるように、クリアになっていく。
コンシーラーで目の下のくすみを消し、フェイスパウダーで仕上げる。ブラシを滑らせるたびに、肌が滑らかなキャンバスへと変わっていく。この瞬間が好きだ。まだ何も描かれていない、可能性に満ちた状態。今夜の私はどんな表情を纏おうか。
アイシャドウパレットを開く。今日は少し冒険してみようか。いつもは無難なブラウン系を選ぶけれど、今夜はゴールドとカッパーの輝きを目元に重ねてみる。ブラシで瞼に色を乗せるたび、目元が華やかさを増していく。パーティーの照明の下で、この輝きはどんな風に見えるだろう。誰かの視線を捉えることができるだろうか。そんな淡い期待が、アイシャドウの粉と一緒に舞い上がる。
アイライナーを手に取る。少し手が震える。緊張しているのか、それとも期待で高鳴る心臓のせいか。細い筆先を瞼の際に当て、慎重に線を引いていく。目尻は少し跳ね上げて、キャットアイ風に。いつもより少しだけ大胆に。今夜は新しい自分を試してみたい。マスカラを睫毛に塗り重ねると、目元の印象が一気に強くなる。鏡の中の私が、知らない誰かのように見える。でもそれは悪くない変化だ。
チークブラシにコーラルピンクのパウダーをとり、頬骨の高い位置に円を描くように乗せていく。血色が戻り、顔全体が生き生きとしてくる。まるで内側から光が灯ったように。パーティーで誰かと話すとき、笑ったとき、この頬の色が私の気持ちを伝えてくれるだろうか。
そして最後はリップだ。コスメの中でも、リップは特別な存在だ。口紅の色ひとつで、その日の気分も、他人に与える印象も変わる。今夜はどの色にしようか。ポーチの中から数本のリップを取り出し、手の甲に試し塗りしてみる。落ち着いたローズ、情熱的なレッド、優しいピーチ。それぞれが異なる物語を語りかけてくる。
迷った末に選んだのは、ほんのり赤みのあるベリー系のリップだ。大人っぽさと可愛らしさの両方を兼ね備えた色。リップブラシで丁寧に輪郭を取り、中を塗りつぶしていく。唇に色が乗ると、メイクが完成したという実感が湧いてくる。鏡の中の私は、もう今朝の私ではない。パーティーへ向かう、期待に満ちた女性だ。
立ち上がって全身鏡の前に移動する。選んだドレスとメイクのバランスを確認する。コスメの力を借りて、私は今夜の自分を作り上げた。でもこれは偽りの姿ではない。普段は隠れている、もうひとりの私。特別な夜だけ表に出てくる、勇気のある私だ。
時計を見ると、出発の時間が近づいている。クラッチバッグの中に、お直し用のリップとパウダーを入れる。パーティーの途中で化粧が崩れても大丈夫なように。でも不思議と、今夜はそんな心配をする必要がない気がする。完璧なメイクが、私に自信をくれているから。
玄関に向かいながら、もう一度だけ鏡を振り返る。そこに映っているのは、期待と少しの不安を抱えながらも、新しい出会いに向かって一歩を踏み出そうとしている女性。コスメは単なる化粧品ではない。それは変身の魔法であり、勇気を与えてくれる味方であり、本当の自分を引き出してくれる道具なのだ。
ドアを開けると、夜の空気が頬を撫でる。パーティー会場までの道のりを想像する。そこでどんな人たちと出会うだろう。どんな会話が生まれるだろう。もしかしたら、人生を変えるような出会いがあるかもしれない。そんな期待を胸に、私は夜の街へと歩き出す。鏡の前で過ごした時間が、今夜の私を支えてくれる。コスメの力を借りて纏った自信が、新しい扉を開く鍵になると信じて。
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組織名：株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名：上辻 敏之
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