夕暮れ時、部屋の窓から差し込むオレンジ色の光が、ドレッサーの鏡に柔らかく反射している。今夜のパーティーまで、あと三時間。私は鏡の前に座り、まだすっぴんの自分の顔をじっと見つめた。いつもの自分。でも、今夜はいつもと違う自分になれる予感がする。
コスメポーチから、お気に入りのアイテムたちを一つずつ取り出す。この儀式のような時間が、私は好きだ。パーティーという非日常への扉を開く鍵は、この小さな色彩の魔法たちなのだから。まず手に取ったのは、デパートの化粧品カウンターで一目惚れしたプライマー。真珠のような光沢を放つ乳白色の液体を指先に取り、頬に優しく伸ばしていく。肌に溶け込むように馴染んでいくテクスチャーが、まるで私の期待を吸収してくれているようだ。
ファンデーションのコンパクトを開く瞬間、いつも心が弾む。今日選んだのは、少し明るめのトーン。パーティーの照明の下では、普段より少し華やかな色味が映える。スポンジで丁寧に叩き込んでいくと、鏡の中の私の肌が、まるで磁器のように滑らかに変化していく。この変身の過程こそが、コスメの持つ最大の魅力なのかもしれない。
チークブラシを手に取り、ほんのりピーチ色のチークをブラシに含ませる。頬骨の高い位置から、こめかみに向かって斜めに入れていく。鏡の中の私が、少しずつ血色を取り戻し、生き生きとした表情になっていく。今夜のパーティーには、大学時代の友人たちが集まる。久しぶりに会う人も多い。もしかしたら、素敵な出会いがあるかもしれない。そんな淡い期待が、胸の奥でそっと膨らんでいく。
アイシャドウパレットを開くと、十二色の小さな宝石箱が現れる。今夜は少し冒険してみようか。普段は使わない、深みのあるバーガンディとゴールドの組み合わせ。まずは明るいベージュをアイホール全体に広げ、次にバーガンディを二重の幅に重ねていく。そして、ゴールドを目頭と黒目の上にポイントで置く。ブラシを動かすたびに、目元が立体的になり、深みを増していく。この繊細な作業は、まるで絵画を描くような集中力を要する。
アイライナーのペン先を目尻に当てる。手が震えないように、深呼吸をする。細く、でもしっかりとしたラインを引く。少しだけ跳ね上げて、キャットアイ風に。この小さな線一本で、目の印象が劇的に変わる。コスメの力は、本当に不思議だ。マスカラのブラシをまつ毛の根元に当て、ゆっくりと上に引き上げる。一度、二度、三度。まつ毛が扇のように広がり、目が大きく開いたように見える。
リップの時間が来た。これが最も重要な瞬間かもしれない。唇の色は、その人の印象を決定づける。今夜選んだのは、深みのあるローズレッド。大人っぽく、でも派手すぎない。リップブラシで丁寧に輪郭を取り、中を塗りつぶしていく。唇を軽く合わせて、色を馴染ませる。鏡の中の私は、もう朝の私ではない。パーティーに相応しい、華やかで自信に満ちた表情をしている。
ハイライターを頬骨の高い位置、鼻筋、あごの先に軽く乗せる。光が当たったとき、この微細なパールが輝き、顔全体に立体感を与えてくれる。パーティー会場の照明の下で、この輝きはきっと魔法のように私を引き立ててくれるはずだ。
コスメを使う時間は、自分自身と向き合う貴重な時間でもある。毎日の慌ただしさの中で、ゆっくりと鏡の前に座り、自分の顔を見つめることは意外と少ない。でも、パーティー前のこの特別な時間は、自分を大切にする時間でもあるのだ。一つ一つのアイテムを丁寧に使いながら、今夜への期待を膨らませていく。
もしかしたら、今夜は運命的な出会いがあるかもしれない。友人の友人として紹介される誰かが、私の人生を変える存在になるかもしれない。そんな映画のようなことは起こらないかもしれないけれど、でも、期待することは自由だ。このコスメたちは、そんな私の密やかな期待を、色と光で形にしてくれる。
最後に、香水をつける。耳の後ろ、手首の内側、そして軽く髪にも。フローラルとムスクの混ざった、甘すぎない大人の香り。香りは記憶と深く結びついている。もし今夜、素敵な出会いがあったなら、この香りが相手の記憶に残るかもしれない。
ドレッサーの引き出しから、今夜着るドレスに合わせて選んだアクセサリーを取り出す。シンプルなパールのネックレスと、小さなダイヤモンドのピアス。コスメで作り上げた顔に、これらのアクセサリーが加わることで、トータルコーディネートが完成する。
時計を見ると、パーティー開始まであと一時間半。完璧なタイミングだ。早すぎるとメイクが崩れる心配があるし、遅すぎると焦ってしまう。この余裕のある時間配分も、パーティーを楽しむための大切な要素だ。
もう一度、鏡の中の自分を見つめる。満足のいく仕上がりだ。コスメの力を借りて、私は今夜最高の自分になれた。この顔で、自信を持ってパーティー会場に向かえる。新しい出会いに、心を開いて臨める。期待に胸を膨らませながら、でも自然体でいられる。それが、コスメがくれる最大の贈り物なのかもしれない。
立ち上がり、クローゼットからドレスを取り出す。深いネイビーのシルクドレス。シンプルだけれど、エレガントなデザイン。このドレスと、今完成させたメイクが、今夜の私を作り上げる。着替えながら、パーティーでの会話や笑い声が、もう聞こえてくるような気がする。
バッグの中に、お直し用のコスメを入れる。リップ、パウダー、そして油取り紙。パーティーの途中で、必ずメイク直しの時間は必要になる。その時もまた、鏡の前で自分と向き合う時間が訪れる。
玄関で靴を履きながら、最後にもう一度、姿見で全身をチェックする。完璧だ。コスメが作り出した私の顔は、期待と自信に輝いている。今夜、どんな出会いが待っているのか。どんな会話が生まれるのか。すべては未知数だけれど、この瞬間の高揚感こそが、パーティーの醍醐味なのだ。
ドアを開けて外に出る。夜風が頬を撫でる。さあ、始まりの時間だ。コスメに託した期待を胸に、私は夜の街へと歩き出した。
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組織名：株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名：上辻 敏之
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