鏡の前に並べた小瓶たちが、午後の光を受けて琥珀色に輝いている。今夜のパーティーまであと三時間。クローゼットからドレスを選び終え、アクセサリーも決まった。残るは香り。この最後の選択が、実は一番難しい。
香水瓶のキャップを開けるたび、部屋の空気が変わる。最初に試したのは、いつも使っているシトラス系のオードトワレ。爽やかで清潔感があって、日常には完璧だ。でも今夜は違う。カジュアルなランチ会ではなく、少しフォーマルな集まり。久しぶりに会う人たちもいる。この香りでは軽すぎるかもしれない。
次に手に取ったのは、去年の誕生日にもらったフローラル系の香水。ジャスミンとローズが混ざり合った、いかにも「女性らしい」と呼ばれるタイプのもの。手首につけてみると、確かに華やか。でも少し主張が強すぎる気がして、すぐにティッシュで拭き取った。パーティー会場は個室のレストランだと聞いている。密閉された空間で強い香りは、周囲に迷惑かもしれない。
棚の奥から、ほとんど使っていない小さな瓶を取り出す。「ラ・メゾン・ドゥ・ヴァニーユ」という、聞き慣れないブランドのコスメライン。友人が海外旅行の土産に買ってきてくれたもので、バニラとウッディノートが調和した、落ち着いた香りだった。試しに手の甲につけてみる。最初はほんのり甘く、時間が経つにつれて深みが増していく。これなら派手すぎず、でも存在感はある。
TPOに合わせて香りを選ぶという行為は、いつから身についたのだろう。子どもの頃、母の化粧台で勝手に香水を試して、学校に行ったことがある。小学五年生の私には、その香りがどれほど場違いだったか分からなかった。教室に入った瞬間、クラスメイトが一斉に「何か臭くない?」と言い出して、顔から火が出るほど恥ずかしかった思い出がある。あれ以来、香りには慎重になった。
窓の外では、夕暮れが近づいている。街路樹の葉が風に揺れて、影が壁に映る。秋の終わりの、少し冷たい空気が部屋に流れ込んでくる。暖房をつけるほどではないけれど、ノースリーブのドレスでは少し寒いかもしれない。ショールを持っていこうと思いながら、もう一度、手の甲の香りを確かめる。
やさしい香りというのは、つまり相手を思いやる香りなのだと思う。自分が好きな香りと、周囲に受け入れられる香りは、必ずしも一致しない。強すぎる香水は、頭痛の種になることもある。食事の席では、料理の香りを邪魔してしまうこともある。だからこそ、ほんのり、そっと、気づかれるか気づかれないかくらいの香りがいい。
結局、ラ・メゾン・ドゥ・ヴァニーユを選んだ。耳の後ろと手首、それから膝の裏に、ごく少量だけつける。体温で温められた香りが、ふわりと立ち上る。鏡の中の自分を見つめながら、これでいいと思った。
ドレスに着替え、アクセサリーをつけて、バッグに必要なものを詰める。リップを塗り直そうとして、うっかり口紅を床に落としてしまった。転がっていくそれを拾い上げながら、少し笑ってしまう。完璧を目指しすぎると、こういう小さなミスが起きる。でもそれでいいのだと思う。少しくらい隙があったほうが、人間らしい。
玄関を出る前に、もう一度だけ香りを確かめる。ちょうどいい。強すぎず、弱すぎず。これなら誰かの隣に座っても、不快にさせることはないだろう。エレベーターに乗り込みながら、今夜の会話を想像する。久しぶりに会う友人たちの顔。新しく紹介される人たち。どんな話題が出るだろう。どんな笑いが生まれるだろう。
香りは記憶と結びつく。きっと数年後、この香水の匂いを嗅いだとき、今夜のことを思い出すのだろう。秋の終わりの夕暮れ。パーティー前の少しそわそわした気持ち。鏡の前で何度も香りを試した時間。そして、小さな瓶に込められた、相手への思いやり。
タクシーを拾って、会場へ向かう。窓の外を流れる街の灯りを眺めながら、手首をそっと鼻に近づける。やさしい香りが、静かに寄り添っている。今夜はきっと、いい夜になる。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之


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