窓の外では秋の夕暮れが静かに深まりつつあり、部屋の隅にある小さなスタンドライトだけが、白い壁に柔らかな光の円を描いていた。私は鏡の前に座り、ドレッサーの上に並んだコスメたちを見つめている。今夜はパーティーだ。誰かに誘われたわけではなく、自分から参加を決めたものだけれど、それでも胸の奥には小さな期待が灯っている。
リップを手に取る。ブランド名は「ルミエール・ドゥ・ソワレ」という、どこか異国めいた響きのもの。数ヶ月前、たまたま立ち寄ったデパートの化粧品売り場で、店員さんに勧められるがままに買ってしまった一本だ。彼女は私の唇に試し塗りをしながら、「このカラーは、夜の集まりにぴったりですよ」と微笑んだ。その言葉をなぜか覚えていて、今日まで使わずにとっておいた。
鏡に映る自分の顔は、まだ素のままだ。ファンデーションを薄く伸ばし、アイシャドウをそっと重ねていく。指先に感じる粉の質感、瞼にのせたときのひんやりとした感触。こうして少しずつ、日常の顔から、どこか別の誰かへと変わっていく過程は不思議なものだ。自分でありながら、少しだけ自分ではない誰かになるような。
子どもの頃、母の化粧台に忍び込んで、口紅を塗ったことがある。鏡の中に映ったのは、真っ赤な唇と、それに驚いて目を丸くした自分だった。母に見つかって笑われたけれど、あのときの高揚感は今でも覚えている。化粧をするというのは、ただ見た目を整えるだけではなく、何か特別な場所へ行く前の儀式のようなものなのかもしれない。
マスカラを塗ろうとして、一度だけ手元が狂った。ブラシが頬にかすかに触れ、黒い線が肌に残る。ティッシュで拭き取りながら、少しだけ笑ってしまう。完璧にやろうとすればするほど、こういう小さな失敗が起きるものだ。でも、それもまた悪くない。完璧すぎる化粧よりも、少しだけ人間らしい揺らぎがあったほうが、きっと親しみやすく見えるだろう。
パーティーには、どんな人が来るのだろう。知っている顔もあれば、初めて会う人もいるはずだ。誰かと目が合って、軽く会釈をして、それから言葉を交わすかもしれない。そんな小さな出会いの積み重ねが、もしかしたら何かを変えるきっかけになるかもしれない。期待というのは、そういう曖昧で、けれど確かに存在する感情だ。
部屋の中には、さっき淹れたばかりのハーブティーの香りが漂っている。カモミールとラベンダーが混ざった、少し甘くて落ち着く匂い。化粧をする前に一口だけ飲んだカップは、今もまだ温かいだろうか。鏡から目を離して、カップを手に取る。まだ熱さが残っていて、それが指先を通じて心まで温めてくれるようだった。
再び鏡に向き合う。リップを塗る瞬間は、いつも少しだけ緊張する。色がのったとき、自分がどんな顔になるのか、最後までわからないから。ゆっくりと唇に色をのせていく。深みのあるローズ色が、顔全体の印象を一気に引き締める。鏡の中の自分は、もう先ほどまでの私ではなかった。
時計を見ると、出発まであと三十分ほどある。焦る必要はない。けれど、心のどこかでは、もう会場にいる自分を想像している。誰かと笑い合い、グラスを傾け、音楽に耳を傾けながら、ゆっくりと夜が更けていく。そんな時間を、今はまだ鏡の前で夢見ている。
コスメたちをひとつずつ元の場所に戻していく。それぞれが小さな役割を果たし、今夜の私をつくりあげた。ドレッサーの引き出しを閉めると、かすかに木の軋む音がした。この部屋の静けさと、これから向かう賑やかな場所とのコントラストが、少しずつ心を高揚させていく。
立ち上がり、クローゼットの前に立つ。選んだドレスは、シンプルだけれど品のあるデザインのもの。それを手に取り、もう一度だけ鏡を見る。化粧をした顔、整えた髪、そしてこれから纏う服。すべてが揃ったとき、私はようやく「準備ができた」と感じるのだろう。
外の空気はもう冷たくなっているはずだ。それでも、胸の中にはまだ温かいものが残っている。期待と、少しの緊張と、そして何より、これから始まる夜への好奇心。鏡に映る自分に、小さく微笑みかけてから、私は部屋を出る準備を始めた。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之


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