鏡の前のコスメと、まだ見ぬ誰かへの期待

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洗面台の蛍光灯が、やけに白い。

今夜のパーティーは7時開始だから、逆算すると家を出るのは6時半。つまりあと2時間ちょっとしかなくて、なのに私はまだ下地すら塗ってない。スマホには友達からの「何着てく?」ってLINEが3件も未読で溜まってるけど、正直それどころじゃない。だって鏡の中の自分、思ったより疲れた顔してるんだもん。

ファンデーションのパフを手に取りながら、ふと去年の春のことを思い出した。あの時も似たようなシチュエーションで、結局メイクに1時間半もかけて遅刻したんだった。友達には「また?」って呆れられたけど、会場で出会った人に「肌きれいですね」って褒められて、内心ガッツポーズしたのを覚えてる。今思えば社交辞令だったかもしれないけど…。

チークを頬にのせる。ブラシの感触が妙に心地よくて、少しだけ気持ちが落ち着く。

パーティーって不思議なもので、行く前はいつもこんなふうに緊張するのに、終わってみるとたいてい「まあ普通だったな」で片付いちゃう。それでも毎回、鏡の前で真剣にアイラインを引いてる自分がいる。誰かに会えるかもしれない、何か始まるかもしれないって、根拠のない期待を抱きながら。実際には名刺交換して終わりなんだけどね。でもその「かもしれない」を完全に捨てきれないから、こうやって丁寧にマスカラを重ねてる。

リップを選ぶ段階になって、急に迷い始めた。普段使いの落ち着いたベージュか、それとも少し冒険して赤みの強いやつか。引き出しを開けると、半年前に買ったきり一度も使ってない「ルミナスローズ」っていう名前の口紅が転がってた。買った時は「これで人生変わる!」くらいのテンションだったのに、結局怖くて使えてない。今日こそ、と思ったけど、やっぱりやめた。無難なベージュを唇にすべらせる。

窓の外からは夕方の車の音が聞こえてくる。空気がひんやりしてきて、秋の匂いがする。

コスメって結局、自分に言い訳するためのツールなのかもしれない。「ちゃんと準備したんだから、何か起きてもおかしくないよね」って自分に許可を出すための儀式。アイシャドウのパレットを閉じながら、そんなことを考えた。ゴールドとブラウンのグラデーション、我ながら悪くない仕上がりだと思う。照明の加減もあるだろうけど。

友達は「出会いなんて期待しないで行った方が楽しめるよ」ってよく言う。確かにそうかもしれない。でも期待しないで行くパーティーなんて、ただの義務じゃないか。少なくとも私は、この鏡の前の時間が好きなんだと思う。まだ何も起きてない、可能性だけが膨らんでる時間。

ハイライトを頬骨にのせる。光が当たると、ちょっとだけ顔が立体的に見える気がする。

スマホを見ると、もう6時10分。そろそろ本気で準備しないとまずい。でも靴どうしよう。ヒールで行くべきか、それともスニーカーでカジュアルに決めるか。ワンピースには合わないよな、スニーカー。いや、最近はそういうミスマッチも逆にありなのかも。わからん。とりあえずクローゼットを開けて、3分くらい眺めてから結局いつものパンプスを選んだ。冒険しない人生。

鏡をもう一度見る。完璧じゃないけど、まあいいか。どうせ会場は暗いし、みんな自分のことで精一杯だろうし。

それでもリップをもう一度塗り直してから、部屋を出た。期待なんてしてない、と自分に言い聞かせながら。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之

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