鏡の前のコスメと、まだ見ぬ誰かへの期待

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金曜の夜七時、洗面所の蛍光灯がやけに白い。

パーティーの招待状が来たのは三週間前で、正直最初は行くつもりなんてなかった。友人の友人が主催する集まりで、知ってる顔は二人くらいしかいない。でも断る理由を考えるのが面倒になって、気づいたら「行きます」って返信してたんだよね。人間って不思議。

鏡の前に並べたコスメを見てると、なんだか武器を選んでる気分になる。ベースメイクはいつものやつでいいとして、問題はアイシャドウ。ブラウン系でまとめるか、それとも少し冒険してボルドーを入れるか。ボルドーなんて普段使わないくせに、半年前のデパートのカウンターで「お似合いですよ」って言われて買っちゃったんだけど。美容部員さんの笑顔には勝てない。

リップを三本並べて、キャップを外して手の甲に試し塗りしてみる。

左から順に、ピンクベージュ、コーラルオレンジ、レッド。レッドは明らかに攻めすぎだろって自分でも思うけど、でもパーティーって普段と違う自分になれる場所じゃん? 誰も私のこと知らないんだし。そう思うと、ちょっとだけ心臓がどきどきする。期待してるのかな、自分。何に期待してるのかよくわかんないけど。

ファンデーションを顔に伸ばしながら、中学の時の修学旅行を思い出した。夜、部屋でみんなでお菓子食べながら恋バナしてて、誰が誰を好きとか、どうでもいい話で盛り上がってたんだけど。あの時も今と同じで、なんとなく「何か起きるかも」っていう根拠のない期待があったんだよね。結局何も起きなかったけど、あのわくわくした感じだけは今でも覚えてる。

アイシャドウはボルドーにした。ブラシで薄く伸ばして、目尻に少し濃いめに重ねる。鏡の中の自分が、いつもよりちょっとだけ大人っぽく見える。いや、大人っぽいというか、「今日は違うぞ」っていう顔をしてる。こういう顔、嫌いじゃない。

リップはコーラルオレンジにした。レッドは結局勇気が出なかった。でもいいんだ、コーラルオレンジだって十分攻めてる方だし。唇に色をのせると、さっきまでの自分と今の自分の間に、薄い膜が一枚できたような気がする。

パーティー会場は駅から徒歩十分のレンタルスペースらしい。「ラ・メゾン・ブランシュ」っていう、やたらおしゃれな名前のところ。検索したら白い壁の写真が出てきて、インスタ映えしそうな感じだった。ドレスコードは「セミフォーマル」。セミフォーマルって何? っていう疑問は置いといて、とりあえずワンピース着てけば大丈夫だろうと判断した。

マスカラを塗りながら、今日誰かと話せるかなって考える。

新しい出会いがあるかもしれない。面白い人がいるかもしれない。もしかしたら、ずっと探してた「何か」が見つかるかもしれない。いや、別に運命の人を探してるとかそういうんじゃなくて。ただ、知らない人と話すのって、新しい本を開く時みたいな感覚があるじゃん。どんな話が飛び出してくるかわからない、あの感じ。

チークを頬にふわっとのせる。鏡の中の自分が、少し照れたように笑ってる。

コスメって不思議で、色を重ねるたびに、なりたい自分に近づいていく気がする。本当は何も変わってないのかもしれないけど、でも気持ちは確実に変わってる。さっきまでの「めんどくさいな」って思ってた自分が、今は「ちょっと楽しみかも」って思ってる。たぶん、このメイクの過程そのものが、気持ちを切り替えるスイッチになってるんだと思う。

時計を見たら七時半。そろそろ出ないと遅刻する。

最後にもう一度、鏡の中の自分を確認する。悪くない。むしろ、いい感じ。今日は何が起きるかわからないけど、まあ、とりあえず行ってみよう。期待しすぎず、でも少しだけ期待して。

コスメポーチをバッグに入れて、部屋の電気を消す。玄関のドアを開けたら、外の空気が少しひんやりしてた。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之

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