カーテンの隙間から、白っぽい夏の光がするりと差し込んでくる。7月の朝は、思っていたよりずっと早くやってくる。
目覚ましをかけずに眠ったのに、身体はちゃんと7時前に目を覚ました。今日は休日だ。どこへも行かなくていい。誰かに会う予定もない。ただ、それだけのことが、こんなにも胸の奥をゆるませる。
布団のなかでしばらくぼんやりしていると、窓の外でセミが鳴き始めた。まだ遠慮がちな、夏の始まりの声。台所へ行って麦茶を一杯飲む。冷えたグラスが手のひらにひんやりと触れて、それだけで少し、目が覚めた気がした。
リラックスした朝にしたい、と思った。それで、今日は自分のためだけにコスメを出すことにした。
いつもの平日は、時間がなくてBBクリームをさっと塗るだけで終わってしまう。でも本当は、もっとていねいにやりたかった。肌に触れながら、今日の自分の顔をちゃんと見たかった。洗面台の前に立って、まず手のひらで頬を包む。少し乾燥しているな、と思う。7月なのに、エアコンのせいかもしれない。
引き出しの奥から取り出したのは、「テール・ヴェルト」というブランドのミネラルファンデーション。ずっと気になっていて、先月やっと買ったものだ。植物由来の成分で作られていて、パッケージも紙素材でできている。蓋を開けると、ほんのりローズマリーのような香りがふわっと広がった。人工的じゃない、草っぽい落ち着いた匂い。子どもの頃、祖母の家の縁側に干してあったハーブの束を思い出した。あの夏の縁側の、乾いた木の匂いと一緒になって、記憶がぼんやり蘇る。
ブラシでやさしく肌にのせていく。厚塗りしない。今年のトレンドを雑誌で読んで知っていた——素肌の質感を活かす、薄づき仕上げが今の気分だと。確かに、こうして薄く重ねるだけで、肌が呼吸しているみたいな感触がある。
チークは、くすんだコーラルピンクを選んだ。頬の中央にふんわりとのせると、鏡の中の自分が少しだけ生き返ったように見えた。おかしな言い方だけれど、本当にそんな感じがした。
アイメイクは、ほとんどしない。まぶたにシアーなベージュをさっと広げるだけ。目元に「濡れたような光」が宿る、そういうテクスチャーのものを最近好んで使っている。マスカラは今日はなし。それくらいでいい。
リップだけ、少しだけ遊ぶことにした。ティントをうすく塗って、その上からグロスをちょんとのせる。唇が、ほんのり艶めく。鏡に向かって少し口角を上げてみると——あ、悪くない、と思った。
ここで一つ、正直に言うと。グロスを塗ろうとして手が滑り、ちょうど開けたばかりの麦茶のグラスにブラシの先が落ちた。麦茶色のグロス、という新ジャンルが誕生しかけたが、すんでのところで思いとどまった。休日のハプニングは、このくらいがちょうどいい。
コスメを片付けながら、ふと思う。誰かに見せるためじゃない化粧というのは、不思議な時間だ。うまくやろうとしなくていい。正解を目指さなくていい。ただ、今日の自分の顔と、静かに向き合う。それだけのことが、こんなにも満ち足りた気持ちをくれる。
窓の外では、もうセミがにぎやかに鳴いている。7月の朝の光は、もう白くなくて、はっきりとした夏の黄色になっていた。
今日は、どこへも行かない。ベランダに出て、風に当たるくらいでいい。自分のためだけのコスメ時間が終わった後の、この軽さ。これが、休日のいちばん好きな瞬間かもしれない。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之

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