窓の外が白く霞んでいる。梅雨の合間のこういう朝は、空気がどこかぼんやりしていて、時間の流れ方まで少しゆっくりになる気がする。テーブルの上に並べたネイルのボトルたちが、曇り空の光をうけてひっそりと輝いていた。
今日は、久しぶりに自分のためだけの時間を使おうと思っていた。
小瓶を一本ずつ手に取りながら、どの色にしようかと迷う時間が、すでに楽しい。
今年の夏はバターイエローやピンク、ブルーといった明るいカラーが大注目で、デザインではキラキラ輝くマグネットネイルや、春夏らしいフラワーネイルが人気を集めている。
棚の奥から引っ張り出した「ルーシェル No.07」という架空のブランドのシアーラベンダーが目に留まった。買ったのはたしか去年の秋。なんとなく使えずにいたけれど、今日こそ開けてみようと思った。
透明感あふれるラベンダーは、2026年の春夏トレンドとして注目されており、ほんのり彩度を抑えたくすみカラーが大人の女性でも取り入れやすい上品な色味として人気だ。
ボトルのキャップをゆっくり開けると、かすかにフローラルな香りが漂った。ネイルポリッシュ特有の、あの少し刺激的な匂いの中に、なぜか懐かしさが混じっている。子どもの頃、母の化粧台をこっそり開けてはこの匂いを嗅いでいたことを思い出した。触ってはいけないと分かっていながら、小さな指でそっとボトルを並び替えていたあの感覚。コスメというものへの最初の出会いは、あの薄暗い鏡台の前だったかもしれない。
ブラシを爪にのせた瞬間、冷たくてとろりとした感触が指先に広がる。息を止めて、ゆっくりと動かす。利き手と反対の左手から始めるのがいつもの順番で、薬指から塗り始めるのが自分なりのルール。なぜ薬指かは、もう理由を忘れてしまった。
シアーカラーは塗る回数によって濃さを調整できるのが魅力で、一度塗りならほんのり色づく程度、二度三度と重ねるとしっかりとした発色になる。
一度目はうっすら。二度目でようやく色が乗ってくる。その変化を見ているのが、地味に好きだ。
ところが、右手の人差し指を塗ろうとしたとき、うっかりボトルに肘が当たってしまった。ラベンダーがほんの少し、テーブルのすみにこぼれた。あわてて拭いたら、ティッシュがうっすら紫に染まって、それがなんだかきれいで、しばらく眺めてしまった。こういう小さな失敗が、意外と記憶に残る。
乾かしながら、ふと静かな心になる。
ネイルを塗っている時間というのは不思議で、余計なことを考えなくなる。仕事のこと、返信し忘れているメッセージ、明日の予定。そういうものが全部、指先の一点に集中することで、するりと遠のいていく。これが自分にとってのメディテーションなのかもしれない、と大げさに思ったりもする。
今季はマグネットネイルの中でも透明感のある「水光マグネット」や、粘土ジェルを使った立体的なフラワーアートが大人気だという。
次回はサロンで、そういうデザインに挑戦してみようかと思いながら、今日はセルフのシンプルなワンカラーで十分だと感じていた。
窓の外で雨粒がぽつりと落ち始めた。梅雨の雨は重くて、でも今日はなぜか嫌じゃない。ラベンダーの爪を立てて光にかざすと、曇り空の白い光の中でも、ちゃんとやわらかく輝いた。こういう出会いがある。使いそびれていた色と、ある朝ふいに仲良くなれる瞬間。
静かな心のまま、もう一度だけ薄く重ねた。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之


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