目が覚めたとき、カーテンの隙間から差し込む光がいつもより白かった。九月の朝はまだ少し蒸し暑さを引きずりながらも、空気のどこかに秋の予感が混じっている。今日は重要な会議がある。それを思った瞬間、胃のあたりがきゅっと締まる感覚があった。
洗面台の前に立ち、まず顔を見る。寝起きの自分の顔というのは、いつも少しだけ他人に見える。ぼんやりとした輪郭、くすんだ肌。でもそれでいい。ここから始めるのだから。
スキンケアを丁寧に重ねながら、ふと子どもの頃のことを思い出した。母が出かける前に鏡の前で口紅を引く姿を、廊下からそっと眺めていた記憶がある。何かが変わる瞬間のような、あの静かな緊張感。化粧をするということは、自分を整えるだけじゃなく、何かを決意することに似ているのかもしれない。
ベースは薄く、でも丁寧に。今年のトレンドでもある「素肌感ベース」を意識しながら、指の腹でゆっくりと肌に馴染ませていく。ひんやりとしたリキッドファンデーションの感触が、まだ眠たい肌を少し引き締めてくれる。使っているのは、架空のブランド「ルミエール・ソワ」のシアーフィットファンデーション。カバー力より透明感を優先したこのアイテムは、オフィスの蛍光灯の下でも浮かない、と信頼している一本だ。
アイシャドウはブラウン系でまとめる。今季注目の「血色囲み目盛り」を意識して、目のきわに少しだけ赤みのあるブラウンを重ねた。やりすぎると会議室で浮く。でもやらなさすぎると、なんとなく顔が負けてしまう気がする。この塩梅を見極めるのに、正直まだ毎朝迷っている。今日も迷った末に、アイシャドウチップを目のきわに当てたまま三秒ほど固まった。(鏡の中の自分に「どうする?」と問いかけるこの時間、われながら毎朝律儀だと思う。)
チークは薄くはたく程度にとどめ、リップに少し力を入れた。秋らしいピンクブラウンを選んだ。血色がよく見えて、でも主張しすぎない。仕事の場で凛とする顔というのは、引き算と足し算のバランスで生まれるものだと、最近ようやく腑に落ちてきた。
支度を終えて、コーヒーを一杯だけ飲む。香りが部屋に広がる。窓の外では、まだ薄い朝の光の中を、誰かが自転車で通り過ぎていった。その音が遠ざかるのを聞きながら、今日のオフィスでの段取りを頭の中で一度だけ確認する。
化粧をするという行為は、仕事に向かうための儀式でもある。鏡の中の自分が、少しだけ「今日の自分」になっていく。その変化は劇的ではないけれど、確かにある。毎朝繰り返すことで、自分の中に積み重なっていくものがある。
大事な会議の日のコスメは、派手である必要はない。ただ、自分が信頼できる一本を、丁寧に選ぶこと。それだけで、オフィスへの一歩が少し軽くなる。今日の私は、準備ができている。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之


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