コスメに宿る香りの記憶――パーティー前夜、私が選んだやさしい一滴

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窓の外では、十一月の夕暮れがゆっくりと街を染めている。明日の夜に控えたパーティーのことを思いながら、私はドレッサーの前に座り込んでいた。引き出しの中には、これまで集めてきた小さな香りのボトルたちがいくつも並んでいる。どれも思い入れのあるものばかりで、ひとつひとつに物語がある。

今回のパーティーは、久しぶりに会う友人たちとの集まりだ。カジュアルすぎず、けれど堅苦しくもない。そんな微妙なバランスを求められる場で、どんな香りを纏うべきか。TPOという言葉が頭をよぎる。香りもまた、場に馴染むための大切な要素なのだと、最近になってようやく理解できるようになった。

手に取ったのは、淡いグリーンの瓶に入った「ラ・ヴェール」というフレグランスミストだった。これはコスメブランドというよりも、むしろ香りの工房に近い小さなメゾンが作っているもので、柑橘とハーブ、そしてほんのりとミルクティーのような甘さが重なり合う。派手さはないけれど、やさしく、そして確かに存在を主張する。そんなバランスが気に入っている。

キャップを外して、軽く手首に吹きかける。ふわりと広がったのは、レモンバーベナとベルガモットの爽やかな香り。その奥から、ラベンダーとカモミールがそっと顔を出す。時間が経つにつれて、ほんのりとバニラのような温かみが加わっていく。この香りの移ろいが、まるで物語を読んでいるようで心地よかった。

子どもの頃、母が台所でハーブティーを淹れていた記憶がある。カモミールとレモングラスを合わせた、やさしい香りだった。風邪をひいたときや、なんとなく気持ちが沈んでいるとき、母は必ずそのお茶を淹れてくれた。あの頃は、香りがこんなにも心に作用するものだとは知らなかった。ただ温かくて、ほっとする。それだけで十分だった。

ドレッサーの横には、明日着る予定のワンピースがかけてある。深いネイビーの生地に、控えめな刺繍が施されたもの。それに合わせるアクセサリーも、すでに選び終えている。けれど香りだけは、ぎりぎりまで決められなかった。服やアクセサリーと違って、香りは目に見えない。だからこそ、選ぶのが難しい。

もうひとつ、候補に挙げていたのは、ローズとムスクを基調にした少し大人びた香水だった。こちらはもっと華やかで、存在感がある。でも今回は、少し違う気がした。久しぶりに会う友人たちとの再会は、どこか懐かしさと温かさに満ちている予感がする。だからこそ、香りもまた、やさしく包み込むようなものがいい。

そう思って、再び「ラ・ヴェール」を手に取った。今度は首筋にひと吹き。ひんやりとしたミストが肌に触れ、すぐに体温で温められていく。香りが少しずつ立ち上がり、部屋全体をやわらかく満たしていく。ああ、これだ。そう確信した瞬間だった。

ふと、テーブルの上に置いていたマグカップに目が行く。さっきまで飲んでいた紅茶が、まだ少し残っている。手に取ろうとして、つい肘がぶつかり、カップがかたりと音を立てた。慌てて支えたものの、中の紅茶が少しだけこぼれて、ソーサーに小さな水たまりを作った。「……集中しすぎたかな」と、思わず苦笑いしてしまう。香り選びに夢中になりすぎて、周りが見えていなかったらしい。

窓の外では、街灯がひとつ、またひとつと灯り始めていた。オレンジ色の光が、静かに夜の訪れを告げている。空気はひんやりとして、冬の気配を少しずつ感じさせる。こんな季節の変わり目に、やさしい香りを選ぶのは、きっと正解だと思う。

香りには、記憶を呼び起こす力がある。そして、これから作られる新しい記憶にも、そっと寄り添ってくれる。明日のパーティーで、この香りがどんなふうに空気に溶け込むのか。友人たちがどんな表情で笑うのか。そんなことを想像しながら、私はもう一度だけ、手首に残った香りを確かめた。

コスメを選ぶというのは、ただ見た目を整えるだけの行為ではない。それは、自分がどう在りたいかを静かに問いかける時間でもある。香りを選ぶという行為もまた、そのひとつだ。TPOを意識しながらも、自分らしさを失わない。そんなバランスを探していく過程そのものが、私にとっては大切な時間なのだと思う。

明日、友人たちに会ったとき、この香りがどんなふうに受け取られるだろう。もしかしたら、誰も気づかないかもしれない。それでもいい。この香りは、私が選んだ、私だけのやさしさなのだから。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之

プロフィール
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