窓の外から、うっすらと夕方の光が差し込んでくる時間帯だった。5月の午後4時というのは不思議な明るさで、昼でも夜でもない、どこか宙ぶらりんな空気が部屋に漂っている。そんな時間に、私はテーブルの上にネイルポリッシュをずらりと並べた。
今日は、なんだかとにかく元気だった。理由はよくわからない。朝起きたら、窓から吹き込む風がほんのり甘くて、それだけで十分だった気がする。
2026年のネイルトレンドは、透明感のあるシアーな質感と、心躍るような明るいカラーが主流になっている。
そのことを思い出しながら、私はボトルをひとつひとつ手に取って、光にかざした。ラベンダー、チョークピンク、そしてバターイエロー。どれもやわらかくて、見ているだけで指先がうずうずしてくる。
選んだのは、バターイエローだった。
コスメ好きの友人に教えてもらったブランド「ルミエール・ドゥース」のポリッシュで、フランス語で「やさしい光」という意味らしい。蓋を開けた瞬間、ほんのりとした甘い香りが鼻をかすめた。ネイルの匂いって、昔から少し苦手だったのに、このブランドのだけはなぜか好きだ。子どもの頃、母の化粧台の引き出しをこっそり開けたときの記憶に、どこか似ている。あの引き出しの中には、使いかけのリップと、小さなネイルボトルが転がっていた。触っていいとは言われていなかったけれど、いつもそっと蓋だけ開けて、匂いを嗅いでいた。
筆を爪に乗せる。するりと、思ったよりも自然に色が広がっていく。
今季の注目株として、レトロ可愛い「ドット柄」や、少しエッジを効かせた「クロムネイル」もトレンド入りしそうな予感だという。
でも今日の私には、そんな凝ったデザインよりも、ただこのバターイエローを丁寧に塗ることの方が大切に思えた。一本一本、ゆっくりと。急がなくていい日というのは、こういう細かい作業がひどく心地よい。
ところで、左手の薬指だけ、なぜかはみ出してしまった。三回塗り直しても、同じところがはみ出す。利き手で塗る左手は、いつだって少し不自由だ。まあ、ご愛嬌というやつだろう(心の中で小さくため息をついたけれど、それも含めてセルフネイルの醍醐味だと思うことにした)。
チョークピンクや透明感あふれるラベンダー、爽やかなミントグリーンなど、ほんのり彩度を抑えたくすみカラーのトレンドは継続しており、大人の女性でも取り入れやすい上品な色味が豊富だ。
次に塗るときは、ラベンダーにしようかと、もう次の出会いのことを考えている。ネイルと色の出会いというのは、毎回少しだけ新鮮で、毎回少しだけときめく。
乾くまでの間、手を広げたまま、ぼんやりと外を眺めた。風が木の葉を揺らす音が、かすかに聞こえる。指先はまだ乾いていないから、何もできない。スマホも触れない。ただ、静かにそこにいるしかない。
その静けさが、今日はちっとも苦ではなかった。むしろ、心地よかった。
静かな心、というものがあるとしたら、それはきっとこういう瞬間に宿るのだと思う。何かを成し遂げたわけでも、誰かと話したわけでもない。ただ、バターイエローのネイルが乾くのを待ちながら、5月の夕方の光の中に座っている。それだけのことなのに、妙に満ち足りた気持ちになる。
セルフネイル愛好者の技術向上により、これまでサロン専用と思われていた高度なデザインへの挑戦意欲が高まっている。
そういう時代の流れもあって、最近はセルフネイルをする人が増えているらしい。でも私にとってのネイルは、トレンドを追うことよりも、こうして一人で静かに過ごすための儀式に近い。
コスメを通じて自分と向き合う時間、と言えば少し大げさかもしれないけれど。指先に色を乗せるたびに、なんだか気持ちが整っていく感覚がある。今日みたいに元気な日は、その感覚がよりいっそう鮮やかだ。
乾いた爪を光にかざしてみると、バターイエローがやわらかく輝いた。悪くない、と思った。いや、かなりいい。今日の私の指先は、5月の午後の光とよく似ている。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之

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