窓の外はもう、すっかり秋の気配だ。九月の終わりというのは不思議な季節で、昼間はまだ夏の名残が肌をじりじりと焦がすくせに、夕暮れを過ぎると急に空気がひんやりと変わる。そんな夜、ふと思い立ってネイルを塗ることにした。
テーブルの上に並べたのは、最近買ったばかりのジェルポリッシュ。
今季トレンドの「シアーピンク」と「ソフトフォーカスイエロー」
、それから衝動買いしてしまったラベンダーの三本。どれにしようか迷いながら、小さなボトルをくるくると回す。光に透かすと、それぞれの色が微妙に表情を変えて、なんだか宝石箱をのぞいているみたいだった。
結局、選んだのはシアーピンク。
透明感のある軽やかな発色で、肌なじみがいい
と聞いていたし、なにより今夜の気分にぴったりだと思った。ワクワクしながらブラシを取り出す。こういう瞬間が、たまらなく好きだ。
アロマキャンドルに火を灯した。「ルミエール・ブラン」という小さなブランドの、白檀とミルクを合わせたような香りのもので、近所の雑貨屋で一目惚れして買ったやつ。揺れる炎の光が、テーブルの上にやわらかな影を落とす。部屋全体がほんのり甘くて、静かになる。
ネイルを塗りながら、ふと子どもの頃のことを思い出した。母の化粧台の引き出しをこっそり開けて、赤いマニキュアを指に塗ってみた日のこと。うまく塗れなくて、爪の周りが真っ赤になってしまって、慌てて消したのに匂いが全然消えなくて夕飯の席でばれた。あの時の母の顔が、なぜかいまも鮮明に浮かぶ。怒るでもなく、ただ少し困ったように笑っていた。
そういえば今日、コスメ好きの友人と久しぶりに会った。彼女がコーヒーカップをそっと差し出してくれた時、その指先がきれいなオーロラネイルで輝いていて、思わず「それ何色?」と聞いてしまった。
光の角度で表情が変わるマグネットネイルやオーロラネイルが今年の注目株
だと彼女は教えてくれた。会話が弾んで、気づいたら二時間も経っていた。そういう出会い直しみたいな時間が、人生にはときどき必要だと思う。
ブラシを動かしながら、静かな心になっていくのを感じる。ネイルを塗っている間というのは、不思議と余計なことを考えなくなる。仕事のこと、明日の予定、ちょっとした人間関係のもやもや。そういうものが、するりと遠のいていく。集中しているようで、どこかぼんやりしていて、その中間みたいな感覚が心地いい。
一度だけ、盛大に失敗した。ブラシを持ち替えようとした瞬間に肘が当たって、塗りたてのシアーピンクが小指の横まで流れてしまったのだ。心の中で「あっ」と思いながらも、顔はきっと無表情だったと思う。誰も見ていないのに、なぜかしれっとしてしまう自分がちょっと可笑しかった。
修正して、もう一度丁寧に塗り直す。
「作り込みすぎない美しさ」が2026年の重要なキーワード
だと読んだことがある。地爪が透けるようなシアーな発色で、あえてナチュラルに仕上げるスタイル。完璧じゃなくていい、という感覚が、なんだかいまの自分の気持ちと重なった。
十本の指が仕上がった頃、窓の外はすっかり夜になっていた。秋の虫の声が、どこか遠くから聞こえてくる。手をかざして、光の下でそっと確かめる。シアーピンクは、思っていたよりずっと上品で、やさしい色だった。
ネイルひとつで、こんなに気分が変わるなんて。コスメの力というのは、単なる見た目の話じゃないのかもしれない。静かな心で過ごした今夜のことを、しばらくは覚えていると思う。そしてこの指先が、また誰かとの新しい出会いのきっかけになったら、それはそれで素敵だなと思いながら、キャンドルの火をそっと吹き消した。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之

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