八月の終わりの朝は、まだ夏がしぶとく残っている。カーテンの隙間から差し込む光が、洗面台の鏡をじわりと白く染めて、その中に彼女の顔が浮かんでいた。
女子高生の彼女——名前はるい——は、毎朝この時間を誰にも邪魔されたくないと思っている。六時四十分。家族がまだ眠っている静けさの中で、小さなポーチのジッパーをゆっくり引き下ろす音だけが響く。
2026年のベースメイクは、ファンデーションを最小限に抑えて素肌の質感を活かす薄づき仕上げが主流だ。
るいもそれをよく知っていた。ドラッグストアで買ったUVティントをほんの少し指にとり、頬から額へとなじませていく。厚く塗ることはしない。自分の肌の色を消してしまうのは、なんとなく違う気がするから。
コスメと向き合うようになったのは、去年の秋ごろだったと思う。きっかけは些細なことで、仲のいい友人が「これ使ってみて」と渡してきた小さなチークが、驚くほど自分の顔に合った。それだけのことだった。でも、鏡の中の自分が、なんだか少し遠くを見られるような顔をしていた。その感覚が忘れられなかった。
2026年のメイクトレンドは、作り込まずナチュラルで勝負するという時代の流れから生まれている。
るいはそれを難しい言葉で理解したわけじゃない。ただ、厚塗りした日より、素のままに近い顔でいる日のほうが、なぜか背筋が伸びる気がした。それだけで十分だった。
今日のポーチには、いくつかのお気に入りが入っている。薄いピンクベージュのチーク。まつ毛を少しだけ持ち上げるマスカラ。そして最近買ったばかりの、架空のブランド「ルミエール・ドゥ」のリップオイル。透明に近い色なのに、つけた瞬間に唇がふっと柔らかくなる感触がある。香りはほのかにホワイトピーチで、朝の洗面所にそっと広がる。これが今、一番のお気に入りだ。
2026年春のメイクキーワードは、「抜け感」「素肌感」「ノートーン」。全体に均一なメイクで仕上げるより、どこかを「抜く」ことで今っぽい軽やかさが生まれる。
るいがナチュラルメイクを好む理由も、たぶんそこにある。何かを足すより、何かを引く。そのバランスが、自分らしさに近づく感じがする。
ちなみに、今日は少し失敗をした。チークブラシを持ち上げた拍子に、粉がふわっと舞って鼻の頭にもうっすらついてしまったのだ。鏡の中の自分と目が合って、思わず「なにやってんの」と心の中でつぶやいた。急いで指でぼかしたら、これが意外と悪くない仕上がりになったのだから、メイクは時々こちらの意図を超えてくる。
肌に自然になじむピンク〜ベージュ系のチークがトレンドで、ほんのりくすみ感のあるニュアンスカラーを選ぶことで、顔に自然な陰影と立体感が生まれる。
るいが今使っているチークも、まさにそういう色だ。頬骨の少し高いところにふわりとのせると、なんでもない顔が、ちゃんと「今日の顔」になる。
明るい表情というのは、作るものではないとるいは思う。でも、コスメが表情を引き出してくれることはある。鏡を見て「今日はいいな」と感じた日は、なんとなく声のトーンが上がる。廊下で友人とすれ違うとき、少しだけ早く笑えるような気がする。それは錯覚かもしれないし、そうじゃないかもしれない。どちらでもいい、とるいは思っている。
女子高生がコスメに夢中になることを、大人はときどき「まだ早い」と言う。でもるいは、そうは思わない。メイクは変装じゃない。自分の中にあるものを、少しだけ外に出す手助けをしてくれるものだ。
情報に流されず、自分を基準に選ぶこと。それが2026年における、最高のトレンドだ。
るいはそれを、誰かに教わったわけじゃない。毎朝、鏡の前で少しずつ学んできた。
ジッパーを閉める。ポーチをバッグに入れる。八月の朝の光が、洗面台の鏡をまた白く照らしていた。今日も、行ってきます。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之

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