パーティーへの期待を纏う——鏡の前で始まるコスメという名の物語

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夜が少しずつ深くなっていく、十月の終わり。窓の外では風が枯れ葉を転がす音がして、部屋の中にはほんのりとオレンジ色の灯りが揺れていた。鏡の前に座るたびに、わたしはいつも少しだけ、別の自分になれる気がする。

2026年秋冬のトレンドは、深みのあるベリーカラーやブラウン、きらめきをプラスするアイメイク、血色感のあるチーク
だと、先日読んだ美容記事に書いてあった。画面をスクロールしながら「ふうん」と思っていたはずなのに、気づいたらコスメポーチを引っ張り出していた。人間の手というのは、頭より正直だ。

今夜は、パーティーがある。

友人のアンナが主催する、小さな秋の集まり。会場は代官山の路地裏にある「ラ・ルミエール」という名のプライベートサロンで、毎年この季節になると彼女はそこを借り切って、十数人の仲間を呼ぶ。去年はシャンパンを一口飲んだ瞬間にくしゃみが出て、グラスをあやうく取り落としそうになった。今年こそは、もう少し優雅にやりたい——そんな小さな決意を胸に、わたしはリップブラシを手に取った。

バーガンディ・ベリー系リップ
を唇に乗せると、鏡の中の自分がほんの少し変わる。それは劇的な変化ではなく、むしろ静かな変容だ。「今夜のわたし」が、少しずつ輪郭を持ち始める感覚。

子どもの頃、母の化粧台を覗くのが好きだった。ずらりと並んだ小瓶たちが、夕方の光を受けてきらきらと輝いていて、それがどこか宝石箱のように見えた。触ってはいけないと言われていたのに、ある日こっそりと口紅を唇に引いてみて、あまりの真っ赤さに自分でも笑ってしまったのを覚えている。あの頃から、コスメはわたしにとって「変身のための道具」だった。

アイメイクのトレンドカラーは「冷やしパープル」、リップのトレンドは「ピーチマット」
という情報も見かけたけれど、今夜のわたしはベリー系を選んだ。トレンドよりも、今夜の自分の気分を優先したかった。パーティーの場には、いろんな出会いが待っている。初めて顔を合わせる人もいるかもしれない。だからこそ、「自分らしさ」をちゃんと纏っていきたかった。

アイシャドウのブラシを持ち上げると、窓の外でまた風が鳴った。十月の夜の空気は少し湿っていて、部屋に忍び込んでくる冷気が頬をかすめる。それが心地よくて、思わず目を閉じた。瞼の裏に浮かんだのは、去年のパーティーで出会った女性の横顔だった。彼女はシャンパングラスをゆっくりと傾けながら、誰かの話に静かに微笑んでいた。その仕草が、どこかずっと記憶に残っている。

今季注目のカラーは、ミントグリーン、ペールラベンダー、くすみピンクなどの「ニュアンスカラー」
とも言われているが、秋の夜には深みのある色が似合うとわたしは思う。チークを薄くはたいて、仕上げにフィクサーミストを顔全体にふわりとかける。ほんのりとフローラルな香りが鼻先をくすぐって、気持ちがすっと落ち着いた。

鏡をもう一度のぞく。

完璧ではない。でも、それでいい。少しだけ眉の左右がアンバランスかもしれないし、リップが右端だけわずかにはみ出しているかもしれない。それでも、今夜のわたしはここにいる。期待と、少しの緊張と、それからどこかにある小さな高揚感と一緒に。

パーティーには、出会いがある。知らない笑い声、聞いたことのない話、誰かが差し出してくれるあたたかいカップ。そういうものが積み重なって、夜はゆっくりと深くなっていく。

コスメは、その夜への「準備」だ。完成形ではなく、始まりのための儀式。鏡の前に座るこの時間そのものが、もうすでにパーティーの一部なのかもしれない——そんなことを思いながら、わたしはコートに袖を通した。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之

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