今日の会議に、凛とするコスメ。仕事に向かう朝の、小さな儀式について

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梅雨の朝は、音から始まる。

窓の外でひっきりなしに雨粒が打ちつける音、傘を開く人の気配、それから遠くを走る電車の低い唸り。六月末の東京は湿度が高く、朝の空気がどこか重たい。それでも今日は、いつもより少しだけ早く目が覚めた。今日は重要な会議がある。

洗面台の前に立つ。鏡に映る自分の顔を、しばらくじっと見つめる。ファンデーションを手に取りながら、ふと思い出すのは子どもの頃のことだ。母が毎朝、小さな丸い鏡の前に座って口紅を引いていた。その仕草が、なぜかずっと記憶に残っている。「化粧は自分のためにするものよ」と言っていた母の言葉の意味が、オフィスで働くようになってはじめて、腑に落ちた気がした。

コスメポーチから取り出したのは、「NOIRE BLANC(ノワール・ブラン)」というフランス系のスキンケアブランドのフェイスクリームだ。テクスチャーはなめらかで、ほんのり白檀に似た香りがする。指先にとって頬へ伸ばすと、ひんやりとした感触がじわりと温もりに変わっていく。この瞬間だけは、どんなに忙しい朝でも急ぐことができない。

アイライナーを引く。利き手がわずかに震えた。会議のことを考えると、どうしても指先に力が入ってしまう——と、思ったら右目だけラインが少し太くなってしまった。綿棒で直しながら、思わず心の中で「今日に限って」とつぶやく。こういう小さなズレが、逆に気持ちをほぐしてくれることもある。

仕上げにリップを一本。深みのあるローズベージュを選んだ。派手すぎず、でも確かな存在感がある色だ。唇に乗せると、鏡の中の自分が少しだけ変わる。背筋が伸びる感覚、というのだろうか。凛とする、というのはこういうことかもしれない。気持ちが整う、とも言える。コスメには、そういう力がある。

会議室は冷房が効きすぎていて、いつも少し寒い。隣に座る先輩が、温かいコーヒーの入った紙カップをそっと渡してくれた。その何気ない仕草が、緊張した空気を少しだけほぐしてくれる。カップを両手で包むと、じんわりと熱が伝わってきた。

仕事の場では、見た目の話をするのが難しい空気になることがある。でも、オフィスに向かう朝の身支度は、単なる「見せるための準備」ではないと思っている。自分の気持ちを整えるための時間だ。今日何を話すか、どんな言葉を選ぶか、それを考えながら鏡の前に立つ。コスメを纏うことは、ある意味で「今日の自分」を決める行為でもある。

雨はまだ続いていた。窓ガラスに細かい水滴が伝い落ちていくのを横目に、資料を開く。準備はできている。今日の会議に、ふさわしい自分でいられる気がした。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之

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