窓の外がまだ明るい、夏の夕方六時。オレンジ色の光がカーテンの隙間から差し込んで、ドレッサーの上に並んだコスメたちをやわらかく照らしていた。今夜はパーティーがある。それだけで、なんとなく心が浮き立つ。
ファンデーションのキャップをくるくると回しながら、ふと思う。子どもの頃、母の化粧台に忍び込んで、こっそり口紅を唇に塗ってみたことがあった。真っ赤すぎて、鏡の中の自分が怖くなって、慌てて拭いたのだ。あの頃から、コスメというものは「変身の道具」だと思っていた。今もたぶん、その感覚はそのままどこかに残っている。
スポンジをパフに含ませると、ほんのりとパウダーの甘い香りが鼻先をかすめた。ラベンダーとバニラを混ぜたような、落ち着く香り。使っているのは「ルミエール・ブラン」というブランドのフェイスパウダーで、友人に勧められてから三年、気づけばリピートし続けている。蓋を開けるたびに、どこか別の自分になれる気がする。大げさかもしれないけれど、そういう気持ちが化粧台に向かわせる理由のひとつだと思う。
2026年のパーティーは、ただ集まって食べるだけでなく「体験型」へと進化している
らしい。今夜の会もそういう雰囲気になるのだろうか。知らない人と話すことへの、あの独特の緊張と出会いへの期待が、胸のどこかでじんわりと混ざり合っている。
アイシャドウのパレットを開く。今夜はテラコッタとゴールドで攻めてみようと決めていた。ブラシを走らせるたびに、細かいラメが指先にも飛んでくる。それをそのまま薬指でとんとんと瞼に馴染ませると、光の加減でちらりと輝く。鏡の中の自分が、少しだけ知らない誰かに見えた。
2026年は、おもちゃのような見た目のコスメがトレンドになりそう
という記事を先日読んだ。たしかに最近のコスメは、見ているだけで楽しくなるようなデザインのものが増えた気がする。でも今夜の自分には、シンプルに「きれいに見えること」だけでいい。
マスカラを塗ろうとして、うっかり鼻の頭に黒い点をつけてしまった。ティッシュで拭いて、鏡の前で少し笑う。こういうことが、なぜか毎回起きる。急いでいるわけでもないのに、マスカラだけはいつも一回は失敗する。これはもう才能だと思うことにしている。
口紅は迷った末に、深みのあるローズレッドにした。
情熱的に力強く映えるレッドが今年の注目カラー
だと知っていたわけではなく、ただ直感でそれを選んだ。でもこういう偶然が、今夜の出会いにも通じる気がしてならない。
パーティーというのは不思議な場所だ。同じ空間に、まったく違う人生を歩んできた人たちが集まって、たった数時間だけ交差する。その瞬間に生まれる出会いが、時として人生を変えることもある。子どもの頃にそんな話を聞いても実感はなかったけれど、大人になった今はわかる。だから今夜も、少しだけ期待している。
香水を手首に一吹き。シトラスとムスクが混ざった、夏の夜に似合う香り。その香りが空気に溶けていく感覚を、しばらく目を閉じて味わった。
2026年のトレンドから見えてきたのは、「目立つための流行」ではなく、自分の好きや心地よさを大切にする価値観
だという。それはコスメの選び方にも通じるかもしれない。誰かに見せるためではなく、鏡の前の自分が「これでいい」と思えること。それが、今夜のいちばんの準備だ。
バッグにリップを一本忍ばせて、ドアノブに手をかける。夕暮れの光はもう消えていて、窓の外には紺色の空が広がっていた。パーティーへ向かう足取りは、どこかいつもより軽い。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之

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