夜のパーティーへ、コスメと出会いへの期待を胸に鏡の前に立つ

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七月の夜がゆっくりと深くなっていく。窓の外では、まだ昼間の熱気が地面から立ち上っていて、カーテンの隙間から入ってくる風はぬるく、少し甘い草の匂いを連れてきた。今夜はパーティーがある。

鏡の前に椅子を引いて座ると、自分の顔がそこにある。すっぴんの、まだ何者でもない顔。こういう瞬間がいちばん好きかもしれない、と思う。何かになる直前の、静かな余白みたいな時間。

ファンデーションのキャップをひねりながら、ふと子どもの頃のことを思い出した。母の化粧台の前に忍び込んで、口紅をこっそり唇に塗ってみたことがある。色は真っ赤で、塗り方がひどくて、鏡を見て自分で笑ってしまった。あの頃から、コスメには不思議な力があると信じている。

2026年のトレンドとして、おもちゃのような見た目のコスメが注目を集めている
という話を、先週読んだブログで見かけた。確かに、最近ドラッグストアに行くたびに、パッケージがかわいすぎてつい手に取ってしまうものが増えた。今日使うのは、架空のコスメブランド「ルミエール・ノワール」のチークパレット。くすみがかったローズとテラコッタが三色並んでいて、開くたびに少しだけ気分が上がる。

チークを指先でとって、頬骨の少し上にのせていく。ひんやりとしたパウダーが肌に触れる感触。こういう細かい作業をしているとき、頭の中がすっと静かになる。

今夜のパーティーは、友人の紹介で参加する少し規模の大きなものだ。知らない人が多いと聞いた。出会いがあるかもしれない、と言われた。その言葉を聞いたとき、正直なところ、どきりとするより先に「どんな人がいるんだろう」という期待のほうが先に来た。恋愛、というより、もっと広い意味での出会いへの期待。話してみたら面白そうな人、同じものが好きな人、笑い方が似ている人。そういう人に会えるかもしれないという感覚が、今夜の空気をほんのり明るくしている。

アイシャドウのブラシを持ち替えて、まぶたに薄くゴールドをのせた。
ファンデの前に仕込む下地のように、インナーカラーを加えることで全体のくすみ感を払拭する
という技を最近覚えてから、目元の仕上がりが変わった気がする。光が入ると、瞳がほんの少し大きく見える。

リップを選ぶのに、少し迷った。ベージュにしようか、それとも今夜はもう少し攻めてみようか。結局、深みのあるテラコッタにした。パレットと揃えたわけでもないのに、なんとなく今夜の自分に合っている気がした。こういう直感は、だいたい正しい。

鏡の中の自分を見る。さっきとは違う顔がそこにいる。同じ人間なのに、コスメひとつでこんなに変わるのが、いまだに少し不思議だ。変わったというより、引き出された、という感じに近いかもしれない。

部屋の照明が、夕方の斜めな光から夜の白い光に変わっていた。時計を見ると、もう出る時間が近い。バッグにリップを一本だけ入れて、立ち上がる。

今夜どんな出会いが待っているかは、まだわからない。でも、この鏡の前の時間が、すでに今夜のいちばん最初の、静かなパーティーだったような気がした。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之

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