目が覚めたとき、カーテンの隙間から光が斜めに差し込んでいた。8月末の朝は、まだ夏の熱を帯びながらも、どこかに秋の予感が混じっている。そういう曖昧な季節の境目の朝が、わたしはひそかに好きだ。
今日は休日。アラームも、通知も、誰かのスケジュールも関係ない。
洗面台の前に立って、鏡の中の自分をしばらく眺める。普段の平日なら、時間に追われて「とりあえず整える」だけのメイクをしてしまう。でも今日は違う。ゆっくりと、自分のためだけに手を動かしたい気持ちがあった。
2026年のメイクトレンドは、素肌感ベース×部分強調へと大きくシフトしている。ファンデーションを最小限に抑えて素肌の質感を活かす薄づき仕上げが主流で、気になる箇所だけをコンシーラーでカバーし、あとはリップやチークなど1箇所だけを強調するスタイルだ。
それはちょうど、休日の自分に似合うやり方だと思った。
洗顔を終えて、化粧水をてのひらに広げる。ひんやりとした感触が、まだ少し眠たい肌に染み込んでいく。使っているのは、「ボタニカ・ルーシー」という小さなブランドのローション。植物由来の成分にこだわった、香りがほとんどない透明な液体で、つけた瞬間に青葉のような、かすかな緑の匂いがする。これを見つけたのは去年の秋、友人に連れられて入ったセレクトショップだった。
スキンケアを丁寧に重ねながら、ふと子どもの頃のことを思い出す。母の化粧台に並んだ瓶たちを、触ってはいけないと知りながら眺めていた記憶。口紅のキャップをこっそり開けて、においを嗅いで、慌てて戻した、あの緊張感。あのときの「化粧品」は、どこか遠い大人の世界のものだった。それが今、自分の手の中にある。
日焼け止めを薄く伸ばしてから、コンシーラーで目の下だけを軽くカバーする。それだけで、もう十分な気がした。
チークは、くすんだローズ系をふわりとのせる。ブラシを頬骨のあたりで円を描くように動かすと、鏡の中の顔がほんのり血色を帯びた。
今年の夏トレンドは「濡れつや質感」で、コーラルピンクのチークを頬の中央からこめかみに向かってだ円形にのせ、自然なグラデーションに仕上げるのが旬のバランスとされている。
なるほど、と思いながら真似してみたら、思いのほかうまくいった。いや、正確には少しつけすぎて、一瞬「りんご頬」になったのだが、ティッシュでぽんぽんと押さえたら丁度よくなった。誰も見ていないのに、なぜか少し恥ずかしかった。
リップは、ほぼ素の唇に近い、ヌードベージュを選ぶ。色をつけるというより、ただ潤いを与えるような感覚。
2026年のナチュラルメイクは、素肌感を活かしたベースに、チーク・リップ・目元のどこかを主役にすることで、無理なく旬顔が完成するスタイルだ。
それを知ってから、メイクが少し気楽になった。「全部完璧に」しなくていい。どこかひとつだけ、自分の好きなパーツを引き立てればいい。
鏡の前でメイクを終えると、キッチンへ移動してコーヒーを淹れた。豆を挽く音が静かな部屋に響いて、それだけで少しだけ気持ちが整う。マグカップを両手で包むと、じんわりとした温かさが手のひらに広がった。窓の外では、セミがまだ鳴いている。夏の終わりの、少し切ない声だ。
リラックスした休日の朝に、誰かのためでも、どこかに行くためでもなく、ただ自分のために化粧をする。そういう時間が、思っていたより豊かだということに、最近ようやく気がついた。
完璧じゃなくていい。整いすぎなくていい。今日の顔は、今日の自分のためだけにある。それだけで、もう十分だと思う。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之

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