アラームをかけなかった朝というのは、不思議なほど耳が澄む。カーテンの隙間から差し込む九月の光が、フローリングの上に細長い白をひいていた。まだ少し眠い。でも、起きる。今日は休日だから。
ゆっくりとキッチンに向かい、冷蔵庫から出したばかりのミルクを温めながら、ふと思う。今日は誰かのためではなく、自分のためだけに化粧をしてみようと。
2026年のメイクトレンドは、「作り込まずナチュラルで勝負する」という時代の流れから生まれている。
そのことを知ったのは、先週たまたま読んだ美容サイトの記事だった。「全部完璧に仕上げるより、どこか1つだけ目立たせる」——その一文が、なぜか頭に残っていた。
洗面台の前に立ち、いつもより丁寧に顔を洗う。ぬるま湯が頬をつたう感触が、思ったよりも気持ちよくて、少しだけ目が覚める。タオルで押さえるように水気をとり、化粧水をてのひらに広げる。ひんやりとした液体が肌に馴染む瞬間、ほんの少しだけ深呼吸をした。
コスメポーチを開けると、先月買ったばかりのミネラルファンデーションが目に入る。「ヴェール・ボタニカ」という国内の自然派ブランドのもので、パッケージが素朴な白地に緑の文字だけという潔さが好きで選んだ。
ミネラルコスメを取り入れることで、肌にやさしく、無理のない美しさを引き出せる。
そう知ってから、休日のメイクはこれ一択になっていた。
ブラシを軽く回して、頬からふわりとのせていく。鏡の中の自分が、少しだけ顔色がよくなる。すごい、と思う。足したのはほんのわずかなのに。
2026年春のメイクキーワードは「抜け感」「素肌感」。どこかを”抜く”ことで、今っぽい軽やかさが生まれる。
だから今日はアイシャドウを省いて、リップだけを少し丁寧に仕上げることにした。選んだのは、くすんだローズベージュ。唇に指先でぽんぽんと叩き込むようにのせると、血色感が自然に滲んで、なんだか「ちゃんとしてる人」みたいな顔になった。——ちゃんとしてるかどうかは、今日一日の行動にかかっているのだけど。
窓の外では、金木犀が咲き始めているのか、風にのってほのかに甘い香りが漂ってくる。九月の終わりが近い。夏の名残と秋の入り口が混在するこの季節が、昔から好きだった。子どものころ、この香りがすると「あ、運動会が近い」と思っていたことを、ふいに思い出す。あの頃も、確かに空気は今日みたいに透き通っていた。
鏡をもう一度見る。チークは入れなかった。でも、それでいい。
素肌感を残しつつ仕上げるのが今年流。
完璧じゃなくていい、という許可を自分に出すことが、休日のメイクの本質なのかもしれない。
温めたミルクをマグカップに注いで、窓際の椅子に座る。陽の光がカップの表面に反射して、白く揺れる。リラックスという言葉の意味を、こういう瞬間に初めてちゃんと理解できる気がする。スケジュールもない、通知もない、誰かの期待もない時間。
土や花の香りを嗅ぐだけで、ストレスホルモンの分泌が減少することが科学的に証明されている
というけれど、金木犀の香りも、きっとそういう働きをしているのだと思う。窓を少し開けると、風がカーテンをふわりと揺らした。
自分のためだけに整えた顔で、誰にも会わない一日を過ごす。それが今日の、いちばん贅沢な選択だった。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之

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