十月の朝は、思ったより早く冷える。
窓の外から金木犀のかすかな香りが忍び込んでくる、そんな登校前の時間帯に、彼女はいつも鏡の前に座る。まだ眠たそうな目をしているくせに、手だけはもう動いている。コンシーラーを指先に取り、鼻の横にそっと置く。ぽんぽん、と叩き込む動作は、もはや呼吸と同じくらい自然だ。
2026年のベースメイクは、ファンデーションを最小限に抑えて素肌の質感を活かす薄づき仕上げが主流
になっている。だから彼女も、厚塗りはしない。気になる赤みだけをカバーして、あとは素肌のままでいい——そういう潔さが、今の女子高生のナチュラルメイクには宿っている。
わたしが初めてコスメを手にしたのは、中学一年の冬だった。母の化粧台から盗み見るようにリップを取り出して、唇に塗ったはいいものの、色が濃すぎて笑われた記憶がある。しかも慌てて拭いたティッシュが制服のポケットに入ったまま洗濯されて、母にすべてバレた。あれは人生でも指折りの失敗だったかもしれない。
話を戻そう。
彼女がこの秋から使い始めたのは、「ルミエルヴェール」という小さなコスメブランドのチークだ(架空のブランドだが、実在してほしいくらいの質感らしい)。
リアルな血色になりすます「ほわマットチーク」
のようなテクスチャーで、頬にのせた瞬間、ふわっと温度が上がったような感覚がある。冷えた朝の肌に、ほんのり赤みが差す——それだけで、なんだか今日も大丈夫な気がしてくる。
今年の春から続くトレンドとして、濃い色のリップとチークを使うのがポイント
とされているけれど、女子高生のナチュラルメイクはそれを自分流に落とし込む。派手にはしない。でも、ちゃんと「今日の自分」を作る。その微妙なさじ加減が、彼女たちの美意識の核心にある。
アイシャドウは淡いピンク系を選ぶ。
2026年春のアイメイクは、軽やかなピンクカラーがトレンド
で、それは秋になっても色褪せていない。むしろ秋の光の中でこそ、ピンクは柔らかく映える。教室の蛍光灯の下でも、放課後の斜光の中でも、その目元はどこか明るい表情をたたえている。
ブラウンの延長線上で使いやすいミルクティーカラーは淡色で盛れる万能な旬色
だとも言われる。彼女はそれをアイホールの内側だけに仕込んで、外側はすっぴんに近いまま。その「抜け」が、かえって顔全体を広く、明るく見せる。
メイクは、力だ。
それは強さの誇示ではなく、自分を整える力。今日という一日を、ちゃんと始める力。鏡に向かって筆を走らせる数分間は、自分と向き合う、ほとんど儀式に近い時間だと思う。女子高生がコスメに夢中になるのは、ただ「かわいくなりたい」からだけじゃない。自分の輪郭を、自分の手で描き直したいからだ。
現役美容学生クリエイターや双子クリエイターモデルが、高いメイク技術と変身メイクで高校生からの支持を集めている
時代に、彼女たちはSNSを見ながら、でも最後は自分の顔で判断する。誰かの真似ではなく、自分に似合うものを探している。
リップを塗り終えて、彼女は一度だけ唇を合わせる。ぱっと離れる。鏡の中の自分を、ほんの一秒だけ見る。
それで十分だった。
カバンを肩にかけて、玄関を出る。金木犀の香りが、また一瞬だけ鼻をかすめた。十月の朝の空気は冷たいけれど、彼女の頬はほんのり温かい。コスメが作った血色と、自分で選んだ今日の顔を携えて、彼女は歩き出す。
ナチュラルメイクは、素顔に近い。でも、素顔とは違う。その「わずかな差」の中に、女子高生たちの自己表現のすべてが詰まっている気がしてならない。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之

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