朝、六時四十分。まだカーテンの隙間から差し込む光が青白くて、部屋全体がどこか水の底にいるような静けさに包まれていた。洗面台の前に立つと、鏡の中の自分がまだ少し眠そうで、今日が重要な会議だということを、頭の半分だけで理解している感じがした。
今日は違う。いつもの「とりあえず整える」朝ではない。
手に取ったのは、しばらく引き出しの奥に眠らせていたリップだった。フランスのコスメブランド「メゾン・ドゥ・クレール」の深みのあるローズベージュ。買ったのは去年の秋、百貨店の地下で試し塗りをして、あまりの馴染み具合に思わず即決してしまったやつだ。高かった。少し後悔した。でも今朝、その選択は正解だったと思う。
ベースを丁寧に仕上げながら、ふと子どもの頃のことを思い出した。母が鏡台の前に座って化粧をする姿を、廊下からこっそり覗いていた記憶。パフを顔に当てるたびに漂うパウダーの甘い香り、それがどこか神聖な儀式のように見えて、幼い自分はなぜか声をかけられなかった。化粧とは、自分を整えることではなく、何かに向かって「構える」行為なのかもしれないと、今になって思う。
アイシャドウは控えめに。ブラウン系の二色を重ねて、目元に奥行きだけを作る。派手にする必要はない。ただ、「ここにいる」と伝えられる顔にしたい。オフィスの蛍光灯の下でも崩れない、でも無機質にならない——そのバランスが難しくて、毎回少し悩む。
マスカラを塗るとき、手が少し震えた。緊張ではなく、集中している証拠だと自分に言い聞かせる。実際のところ、どちらかはわからない。今日のプレゼンには三ヶ月分の調査が詰まっていて、資料は昨夜ようやく完成した。最後のページを印刷したのが深夜の十二時過ぎで、プリンターがよりによってそのタイミングでインク切れを起こした。コンビニまで走ったのは、完全に計算外だった。
でも今朝は、そういう慌ただしさをどこかに置いてきたような気分だ。
香水は一吹きだけ。手首の内側に軽く。「ヴァニラの奥にひそかに白檀が混ざっている」とボトルの説明書きにあったけれど、正直なところ白檀がどんな香りかよく知らない。ただ、つけると少し背筋が伸びる気がする。それで十分だと思っている。
仕上げにリップを引く。鏡の中の自分が、少し変わった。目が、前を向いている。
職場に着くと、同僚の田中さんがコーヒーを差し出してくれた。「今日、会議あるんだっけ」と言いながら、マグカップをそっと机に置く仕草が、なんだかいつもより優しく見えた。気のせいかもしれないし、こちらの気持ちが変わっているせいかもしれない。受け取りながら「ありがとう」と言う声が、自分でも少し落ち着いていて、驚いた。
会議室に入る前、廊下の窓から外を見たら、十一月の空が澄んでいた。薄い雲がひとつ、ゆっくり動いていた。深呼吸をひとつ。
コスメとは、単に見た目を整えるものではないのかもしれない。毎朝鏡の前に立って、今日の自分に向き合う時間。どんな顔で、どんな場所に立つか——それを自分で決める、小さくて確かな行為。凛とするとは、表情を固くすることじゃなくて、内側に軸を持つことだと、今日の朝に気づいた気がした。
会議は、始まる。
#曜日コスメ
#今日のメイク
#メイクのある暮らし
#コスメ好きさんと繋がりたい
#毎日メイク
#気分で選ぶコスメ
#週末メイク
#デパコスとプチプラ
#コスメレビュー
#美容好きと繋がりたい
#日刊ブログメーカー
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之

コメント