今夜のパーティーに捧げるコスメ――鏡の前で、期待に震える夜

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九月の夜は、思ったよりも早く暗くなる。

窓の外、街灯がひとつ灯るたびに、部屋の中の空気がすこしずつ変わっていくような気がした。洗面台の電球が白く光を落とす中で、わたしは小さな丸い鏡の前に立っていた。今夜はパーティーだ。招待状のメッセージを読んだのが三日前で、それ以来ずっと、胸の奥に小さな炎みたいなものが灯り続けている。

コスメポーチを開けると、ほんのりとローズとムスクが混じった香りが漂ってきた。最近買ったばかりの口紅――「ルージュ・ノワール・ルミナ」というブランドの深みのあるテラコッタカラー――を指先でそっと確かめる。2026年の秋、流行りのマットリップはどこか「赤ちゃんの唇みたいにふっくらしているのに、艶がない」という不思議な質感が魅力だと聞いていた。触れるたびに、その柔らかさがなんだか心まで落ち着かせてくれる。

ファンデーションを伸ばしながら、ふと子どもの頃のことを思い出した。母がお出かけ前に化粧をする姿を、わたしはいつもドア越しにこっそり覗いていた。あの頃の母の鏡台には、赤いキャップの口紅がひとつだけ置いてあって、それがなんだかとても神秘的に見えた。今のわたしのポーチの中には十本以上のリップがある。成長したのか、単に散財しただけなのか、正直なところよくわからない。

アイシャドウのパレットを手に取る。今季のトレンドはニュートラルなアースカラーに微細なラメを重ねる「モヤモヤ系」と呼ばれるもので、光が当たると霞がかったような輝きが生まれる。指先でブラシに粉をのせ、まぶたへ慎重にのせていく。この作業が好きだ。息を止めて、集中して、少しずつ自分の顔が変わっていく瞬間。

パーティーには、出会いがある。

そう思うと、また胸が少し騒ぐ。どんな人がいるだろう。どんな話をするだろう。共通の知人から「面白い人がいる」と言われていて、それが誰なのかをまだ教えてもらっていない。期待というのは、正体がわからないまま膨らんでいくものだとつくづく感じる。

チークをのせる。湿り気のある濃色チークが今年の秋らしいと雑誌で読んでいたが、わたしはいつも少し塗りすぎてしまう。今夜もやりすぎた気がして、ティッシュでぽんぽんと押さえた。鏡の中の自分が「それでもまだ多いよ」と言っているような気がしたけれど、見なかったことにした(これが毎回の儀式である)。

最後に口紅を引く。テラコッタの色が唇にのった瞬間、なんだか別の自分になれる気がした。いつもより少しだけ強く、少しだけ遠くまで行けそうな気がする。これがコスメの持つ、不思議な力だとわたしは思っている。色と香りと、指先の感触。それだけで気持ちが変わっていく。

窓の外から、秋の夜風が微かに入ってきた。金木犀の甘い香りがほんのりと混じっていて、それが部屋の中のコスメの香りと重なって、なんとも言えない夜の匂いになった。九月の夜だけが持つ、あの独特の空気感。夏の名残と、秋の深まりが、ちょうど交差している。

鏡をもう一度見る。

完璧ではないかもしれない。でも、今夜のわたしには、これで十分だ。パーティーへ向かう足取りは、いつもより少しだけ軽くなっていた。どんな出会いが待っているのかはわからない。それでも、この期待の重さごと、今夜の自分を連れていこうと思う。

コスメを纏うことは、自分を整えることだ。鏡の前の数十分が、わたしを少しだけ「今夜の自分」に変えてくれる。それで十分だと、今はそう思っている。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之

プロフィール
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