ブラシを持つ手が、少しだけ震えていた。
鏡の中の自分と目が合う。いつもの顔だ。でも今夜は、少し違う自分になれる気がしていた。窓の外はもう暗くなりかけていて、十一月の冷たい空気がサッシの隙間からかすかに忍び込んでくる。ドレッサーの小さなライトだけが部屋を照らしていて、その光が頬にやわらかく当たっていた。
今夜はパーティーがある。
友人のナナが主催する、年に一度だけのクリスマス前の集まり。「絶対来てね」と言われたのは三週間前で、あのとき私はカレンダーに赤丸をつけながら、少しだけ浮き立つ気持ちを感じていた。パーティーという言葉には、不思議な引力がある。非日常への扉、みたいなもの。
ファンデーションを薄く伸ばしながら、ふと子どもの頃のことを思い出した。母の化粧台の前に座って、こっそりと口紅を唇に塗ったことがある。小学三年生のころだったと思う。鏡の中の自分があまりにも大人びて見えて、驚いて、それから少し誇らしくなった。あの感覚は今も、どこかに残っている。コスメを手にするたびに、あの小さな自分が顔を出してくるような気がする。
アイシャドウのパレットを開く。今日選んだのは「ルミエール・ドゥ・ソワール」というブランドのもので、去年の誕生日に自分へのご褒美として買ったものだ。シャンパンゴールドとテラコッタが混ざり合ったような色が、ライトの下でほんのり輝く。パレットを傾けると、細かなラメが指先に移って、まるで星の欠片みたいだと思った。大げさかもしれない。でも、そう思った。
筆を走らせながら、今夜の出会いに思いを馳せる。
ナナのパーティーには、毎回知らない顔が混じっている。去年は出版社に勤めているという男性と、深夜まで本の話をした。一昨年は陶芸家の女性と意気投合して、翌月には彼女の個展に足を運んだ。パーティーという場所は、普段の生活では絶対に交わらない線と線が、ふとした偶然で交差する場所だ。その偶然を、私は少しだけ期待している。
リップを選ぶ段になって、少し迷った。
赤にしようか、それともローズベージュにしようか。手に取っては戻し、また手に取る。そのうち三本を並べて見比べていたら、一本がころりとドレッサーから落ちて床に転がっていった。慌てて拾おうとして椅子から立ち上がりかけ、スリッパが片方脱げた。鏡の中の自分が、なんとも間抜けな顔をしていた。――今夜、誰かと素敵な出会いをしようとしている人間の顔ではない。
でも、それでいいとも思う。
完璧に整えた自分より、こういう瞬間の自分のほうが、どこか本物に近い気がする。ローズベージュを選んで、丁寧に唇に乗せた。ティッシュで一度押さえて、もう一度塗る。その繰り返しの中に、小さな儀式のようなものがある。
香水をひと吹きする。柑橘と白檀が混じった香りが、部屋にふわりと広がった。コートを羽織る前の、この数秒間が好きだ。まだ部屋の中にいるのに、もう少しだけ外の世界に近づいたような感覚。期待と緊張が、ちょうど半々に混ざり合っている。
鏡をもう一度、正面から見る。
さっきと同じ顔だけれど、もう同じではない。コスメが変えるのは見た目だけじゃないと、いつも思う。塗り重ねるたびに、気持ちも少しずつ変わっていく。臆病な自分の上に、少し勇敢な自分を重ねていくような作業だ。
玄関のドアを開けると、十一月の夜気が頬に触れた。冷たくて、でも澄んでいて、どこか気持ちいい。遠くで電車の音がする。街はもう、夜の顔をしていた。
今夜、どんな人と話すだろう。どんな声を聞くだろう。何かが始まるかもしれないし、何も起きないかもしれない。それでも私は、少しだけ弾んだ足取りで歩き出す。鏡の前で塗り重ねた期待を、胸のどこかにそっと抱えながら。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之


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