窓の外から、じりじりとした八月の日差しが差し込んでいた。午後二時すぎ、扇風機がゆっくりと首を振るたびに、カーテンの端がふわりとなびく。そんな日に、わたしはネイルを塗ることにした。特別な予定があるわけでも、誰かに会う約束があるわけでもない。ただ、なんとなく今日は元気な気分で、指先を飾りたくなったのだ。
テーブルの上に広げたのは、最近ずっと気になっていたコスメブランド「ルナヴェール」のジェルネイルキット。オーロラ系のカラーが今夏のトレンドだと聞いて、思い切って購入したものだ。
2026年夏のネイルは、透明感と輝きがキーワード。光の角度で表情を変える「オーロラ」ネイルが注目されている。
パッケージを開けると、ほんのりと甘いジェルの香りがふわっと広がった。懐かしいような、新しいような、不思議な匂い。
ボトルを手に取り、キャップをくるくると回す。子どものころ、母の化粧台の引き出しをこっそり開けて、ネイルのボトルをずらりと並べて眺めていたことを思い出した。塗っていいよと言われたわけでもないのに、一本だけそっと拝借して、自分の小指に塗ってみた。はみ出して、爪よりも皮膚のほうが赤くなってしまったあの日。あの感触が、今でも指先に残っているような気がする。
2026年夏のネイルトレンドは「引き算の美学」へと舵を切っている。装飾を詰め込むのではなく、あえて余白を残すことで生まれる抜け感が、洗練された指先を演出する。
それを知って少し安心した。わたしはもともと、シンプルが好きだ。ごちゃごちゃとパーツを盛るより、すっきりとした透明感のある爪のほうが、自分らしい気がする。
ブラシを爪に乗せる瞬間、静かな心になる。これが不思議で、いつも少し驚く。日中どれだけ頭が騒がしくても、ネイルを塗りはじめると、呼吸がゆっくりになって、余計なことを考えなくなる。集中しているのか、無心なのか、自分でもよくわからない。ただ、ブラシの先が爪の上をすべっていく感触だけが、手のひらにある。
乳白色をベースに少量のミラーゴールドをあしらったニュアンスネイルは、シンプルでありながら洗練された大人っぽさを演出できる。色味を抑えつつも質感で遊び心を加えるのが、今年のシンプル派ネイルを垢抜けさせる重要なポイントだ。
今日選んだのも、まさにそういうカラー。乳白色のベースに、オーロラのトップコートを重ねた。光の当たる角度によって、ピンクにも見えるし、ブルーにも見える。
右手を塗り終えて、左手に移ろうとしたとき、ちょっとした出来事があった。利き手ではない右手でブラシを持ったら、第一関節のあたりにべったりとジェルがついてしまった。ふき取りながら、「あ、子どものころと同じだ」と思ってひとりで笑った。何年経っても、左手だけはうまくいかない。
塗り終えた指先を、窓から差し込む光にかざしてみる。オーロラのきらめきが、ゆらゆらと揺れた。これが、出会いだと思う。自分の手と、光と、色との、小さくて静かな出会い。誰かに見せるためではなく、自分だけが知っている午後の発見。
今年の春夏は、透明感のある「水光マグネット」や、立体的な粘土ジェルを使ったフラワーアートも大人気だ。
次はそういうデザインにも挑戦してみたい、と思いながら、わたしはゆっくりとソファに背中を預けた。扇風機の風が、また一度、カーテンを揺らした。乾くまでの数分間、ただ指先を眺めながら、何も考えずにいた。それだけで、今日という日がちゃんと自分のものになった気がした。
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組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:上辻 敏之

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